多久聖廟を守る人たち

有明抄 10/19

 〈敬けいは一いっ心しんの主しゅ宰さい、万事の根本にして、万ばん世せい聖せい楽がくの基本たり〉。多久の4代邑ゆう主しゅ多久茂文は、そんな思いで教育を振興し、敬う心を養うため、江戸中期の1708年に孔子を祭る聖せい廟びょうを建てた。以来、多久の人々の心のよりどころである。

その廟も、明治維新後や太平洋戦争直後は荒廃や解体の危機と、苦難の時代があった。守ったのは地元や旧多久邑の人たち。今、境内の清掃などに心を砕き、お世話するのは「聖廟被ひ官かん」の家を継ぐ荒谷典子さん(76)や管理人の吉松幸子さん(67)だ。

6代邑主茂明の時代、足軽から侍に取り立て聖廟被官とした。それから約300年。荒谷さんは、廟を囲む〓(サンズイに半)池はんち(小川、溝)の手入れを行い、月2回、廟への酒や赤飯のお供えも欠かさない。「地元やご先祖が大切にしてきたもの。心を込めてやっている」と言う。

吉松さんは、市から廟の管理を任された公益財団法人「孔子の里」職員として、6年前から管理人を務める。境内の掃き清めや朝夕の点検などが仕事だ。「多久の宝であり学問の神様。おかげさまで合格しました、と記帳簿に書いてあるとうれしい」と笑顔で話す。

22日には伝統行事の「釈せき菜さい」が開かれる。孔子さまの教えや、聖廟を支えてきた多くの人たちの思いに触れることができる。秋の一日、いにしえの風に吹かれてみるのもいい。

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ごまめの歯ぎしり

越山若水 10/19

最後の言葉はこうだったという。「詐欺師は至る所にいる。絶望的な事態だ」。その30分後だった。言葉の主の運転する車が爆発したのは。忌まわしい事件である。

亡くなったのは、地中海の島国マルタでニュースサイトを運営していた女性記者のダフネ・カルアナガリチアさん(53)。政治家の醜聞に厳しい人だったようだ。

腐敗しているとみれば、相手を「詐欺師」と書いて容赦がなかった。そういう記者の常で、すねに傷持つ政治家らには疎まれた。脅迫を受けていたとの情報もある。

きのうの本紙に載った事件をおさらいしたのは、彼女が「パナマ文書」報道の一員だったからだ。タックスヘイブン(租税回避地)の実態を暴いたあの国際的なスクープである。

パナマの法律事務所から流出した1150万通の文書を元に、世界中から約400人の調査報道記者が協力した。日本からも、共同通信の澤康臣さんら複数社の記者が参加した。

極秘に続けられた分析取材の様子は澤さんの著書「グローバル・ジャーナリズム」(岩波新書)に詳しい。そして、各国の記者が常に命の危険にさらされている実情も。

大変な仕事だと業界自慢をしているのではない。世界の現実を、カルアナガリチアさんの事件で痛いほど実感したまでである。それにしても爆殺とは。見せしめにした邪悪さが許せない。ごまめの歯ぎしりだが。

…………………………

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目次

はじめに

第1章 世界の極秘情報を暴いた「パナマ文書」
 1 匿名法人――その裏に政治家と犯罪組織が隠れていた
 2 調査報道記者たちの「史上最大の作戦」
 3 「今日から暗号化キーを持て」
 4 辞めた首相、怒った大統領、立ち上がった市民

第2章 グローバル化するニュースを追う
 1 アゼルバイジャンの独裁者が奪った富
 2 マフィアの大陸侵略を暴いた「イタリア・アフリカ各国記者連合」
 3 殺される記者 訴追されない犯人

第3章 新参NPOの乱入
 1 マックレイカーズ(肥やしをあさる野郎ども)の誇りと退潮
 2 スター記者集め、寄付は年間一〇億円
 3 欧州とアジアの風雲児

第4章 明かされる「秘伝」
 1 記者による記者のためのスクープ教室
 2 取材に応じてもらう秘策
 3 抑圧政府から身をかわす技法

第5章 そして日本は――
 1 調査報道を阻む「日本の壁」
 2 匿名社会が記者を阻む
 3 ニュースと市民と社会参加
 4 日本から未来へ、ジャーナリストの課題

軍国の母

天鐘 10/19

 古代ギリシャの都市国家の一つスパルタ。軍事優先の中で〝軍国の母〟がいた。戦闘が終わって、息子が死んだと聞いた母親たちは、戦場に行って息子の傷を調べたという。

アイリアノスが著した『ギリシア奇談集』(松平千秋、中務哲郎訳・岩波文庫)では、向こう傷が多い場合には遺体を運ぶ足取りも誇らしげに、祖先代々の墓に葬った。

逆に後ろに傷が多い場合は、母親は恥じて悲しみ、できるだけ人目に付かないように、自宅の墓地に運んだとか。勇敢に戦ったかが問われた時代だったのである。体面を除けば、息子の死を悲しんだに違いない。

先の太平洋戦争でも、軍国主義を強いられ、多くの母親が軍国の母として、息子たちを戦地に送ったことだろう。戦争の一側面がスパルタと20世紀を奇妙に結び付ける。

時代の推移で破壊力・殺傷力の違いがあるが、武器は戦いに欠かせない。最近の武器事情を見れば、米国が輸出で世界のトップという統計があるほど輸出大国だ。年内にも輸出を拡大する政策を発表するという。

武器の供給量が多くなれば、紛争や武力衝突はその深刻度を増すだろう。輸出拡大で雇用を生み、貿易赤字の削減も図るらしい。「米国第一」主義にはあきれる。もう軍国の母を生む状況があってはならない。新たな政策は、戦死者を思って泣く肉親だけでなく、戦火におびえる人々の絶望も考慮しているのだろうか。


…………………………

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エウリピデスが酩酊した話

 ローマ時代(2~3世紀ごろ)の著述家アイリアノスは『ギリシア奇談集』は、ギリシアのポリス時代のさまざまな逸話を伝えているが、その中にエウリピデスのこんな話もある。

(引用)アルケラオス王(5世紀末のマケドニア王)が親しい友人たちのために盛大な宴会を催した時の話である。酒杯を重ねるうち、普通より強い酒を呑んでいたエウリピデスは、次第に酩酊に陥っていった。そのうちに同じ席にいた悲劇詩人のアガトンを抱いて接吻した――既にほぼ四〇歳の年配に達していたアガトンにである。アルケラオスが、あなたはアガトンをまだ恋しい相手だとお考えですかと尋ねると、エウリピデスが答えて、「そうですとも、美しいものがいちばん美しいのは春ばかりではありません、秋だってそうなのですよ」と言った。
<アイリアノス/松平千秋ら訳『ギリシア奇談集』岩波文庫 p.230>

風太郎の警告

天地人 10/19

 知っていながら、知らないふりを決めこんですましている。そんな「知らぬ顔の半兵衛」どもが<大手をふってまかり通っている>。山田風太郎がエッセー『人間万事嘘(うそ)ばっかり』(筑摩書房)で、嘘に寛容な世の中を嘆いた。

 矛先は<嘘っぱちの大本営発表>から政治家へと向かう。<与野党を問わず、嘘っぱちの公約のラッパを吹き>と切り捨てた。国民も悪い。嘘と知りながら、うすら笑いを浮かべて、これを聞いているからである。<吹くほうはそれをまた承知の上で吹きたて->。

 衆院選には、本県1-3区から10人が立候補している。候補者の主張や経歴などをのせた選挙公報が週はじめに発送された。投票日2日前までに、県内すべての世帯にとどく。街頭演説を聴く機会がなくて、判断材料がたりないと感じている有権者もおられよう。公報で政策をじっくりと見極めたい。

 選挙プランナーの三浦博史さんは、著書『あなたも今日から選挙の達人』(李白社)で、<有権者の投票行動を左右する>公報を、おおいに活用すべき-と勧める。ほかの候補とひと目で違いがわかるような、インパクトの強いものをつくるよう助言した。とどいた公報の出来はどうか。

 政治家の公約について、風太郎の警告はつづく。<その結果の惨害はげんにいかんなく国民が受けつつある>。うすら笑いを浮かべている場合ではない。

…………………………

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この本の内容
「政治家は与野党を問わず嘘っぱちの公約のラッパを吹き、国民はあんな嘘っぱちをいってやがらあ、とニヤニヤしながらこれを聞き、吹くほうはそれをまた承知の上で吹きたて―」、時は移れど、人間の本質は変わらない。世相から(わかっちゃいるけどやめられない)マージャン・酒・煙草、風山房での日記まで、単行本未収録エッセイ。

この本の目次
1 人間万事嘘ばっかり
2 かんちがいもおっかない
3 私の発想法
4 わかっちゃいるけどやめられない
5 風山房日記
6 終りの始まり

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<内容>

一昔前までの政治家の立候補条件は「地盤・看板・鞄」といわれていました。したがって、例えば、一般のサラリーマンの人が立候補しようとしても、妻から「あなた、そんなお金どこにあるの?」「落選したら生活はどうするの?」から始まり、周囲から猛烈な反対を受け出馬断念といったケースもよくありました。しかし、時代は大きく変わり、今やサラリーマン・OLの「転職」の一つの選択肢としても、政治家への道を選べるようになってきたのです。

米国の下院議員は何とその大半が「世襲」です。選挙区の大小に関わらず、名前を売る(知名度を上げる)ことが選挙戦上、最も大切なことは万国共通ですが、その原因の一つは、現職下院議員は議会からのダイレクトメールの切手代(郵送費)がすべて公費負担という大きな特権があるからなのです。つまり、選挙区内にダイレクトメールを毎月10万通出しても切手代は無料という強力な特権の前に新人が勝つことは容易なことではありません。もっとも、ネット時代に入り、ダイレクトメールからメルマガが主流となったことで、もはや特権とはいえなくなってきたのも事実です。

わが国も同様に組織力(後援会)、資金力、知名度どれをとっても現職の壁が厚く、新人にはそれ相応の"体力"が必要でした。

しかし近年、インターネットの普及に伴い、政治家と有権者とのコミュニケーション手段・手法も大きく変わってきたのです。また、政党を問わず、いわゆる大組織の集票能力が激減し、社長や組合の委員長が「A候補に投票を!」と叫んでも、それだけで当選できる時代は終焉したのです。それでも国政レベルでは二世、中央官僚、議員秘書などから立候補する人が相対的に多いことに変わりはありません。しかし、ネット時代の今こそ「地盤・看板・鞄」をぶち破って立候補しましょう。そして、この国を造り直していきましょう。

<目次>

・はじめに

・[1]立候補を決断する

1立候補には3つのケースがある
2立候補の動機について
3立候補の「決意」と「決断」の違い
4選挙は家族の説得からはじめる
5選挙費用についての考え方
6選挙資金は最低限どれくらい必要か
7他力本願で選挙は戦えない
8身分保証と背水の陣
9スキャンダルの対処法
10立候補者の職業別の特徴

・[2]選挙体制の整備

1立候補決断後の選挙戦の流れ
2変化してきた挙戦
3不在者投票から期日前投票へ
4各選挙の特性と対応
5選挙プロの活用/選挙プランナーとは
6フォーカスグループ調査とは
7政策のつくり方と打ち出し方
8マニフェスト選挙
9選挙体制
10候補者の知名度と認識度
11候補者が相手にするのはサイレントマジョリティ
12候補者の名前をどう表記するか
13選挙運動のためのツール
14立候補表明(決意表明)
15立候補の書類と立候補者説明会

・[3]選挙費用と資金の集め方

1供託金
2選挙費用
3選挙資金の集め方
4政治資金パーティ(セミナー・シンポジウム・励ます会)
5出版記念パーティの勧め
6献金

・[4]告(公)示日までの戦い

1告(公)示日の前と選挙運動期間中にできること
2候補者の辻立ちは選挙の基本中の基本
3ポスティングと折込
4決起集会・シンポジウム
5公開討論会
6マスコミへの対応
7マスコミ等のアンケート

・[5]選挙運動期間中の戦い

1「選挙七つ道具」の交付
2告(公)示後の戦い方
3パフォーマンスの考え方
4選挙日程のつくり方と活かし方
5選挙による遊説
6演説の仕方
7個人演説会
8桃太郎のポイント
9自転車を使った選挙活動
10カラスボーイの活用
11政見放送:テレビ出演
12校舎の健康管理
13選挙動向を知るための調査
14もう1度確認!

・[6]ネット選挙時代を見据えて

1テレポリティックスの象徴となった郵政選挙
2インターネットによるネットポリティックス
3当落を決めるのは候補者の外見・好感力
4政治活動におけるインターネットのツール
5ネット選挙の解禁で何が変わるのか

・[7]投票日以後の身の処し方

1当落とは無関係に行うべきこと
2当選してまずやること
3当選後の秘書の採用
4現職としての選挙地盤の維持
5政治家が選挙の「しがらみ」から逃れる極意
6落選してもう立候補しない場合
7落選して再び立候補する場合

・[8]政治家の報酬と活動

1政治家の収支の実態
2国会議員
3知事・市区町村長
4都道府県会議員・市町村議員・政令指定都市の議員
5東京23区の区長および区議会議員
6今後の課題

・おわりに

天下無敵

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河北春秋 10/19

 花言葉のほとんどは花の特徴をうまくつかんで表現する。「桃」は西洋なら「あなたのとりこ」。それが日本なら「天下無敵」。えっ、テンカムテキ? 香り豊かな花とは程遠いイメージのように思う。

諸説がある。一つは桃太郎伝説。鬼ケ島に鬼退治に行き、目的を見事に成就させた。もう一つは古事記の逸話で、イザナギノミコトが雷神に向かって桃の実を3個投げつけると、雷神が退散したという。桃はいずれも強さを世間に示す象徴だった。

囲碁の井山裕太さん(28)は対局中、あの手この手を考え、いつも顔がピンク色に染まる。10の360乗の打ち方があるといわれる戦いである。棋譜を振り返る際は、心の奥底に鬼の形相の修羅をしまい込むようににこやかに語る。

偉業である。2度目の全七冠制覇。王座、天元、棋聖、十段、本因坊、碁聖のタイトル戦を防衛したのに続き、昨年11月に失った名人位を奪還した。「普通、一つタイトルを失えばほころびが生じるのに、残りの6冠を難なく防衛し取り戻したのがすごい」と驚きの声が他棋士から上がる。

今後は韓国の国際棋戦で「世界一」を目指し、新たな七冠防衛ロードに挑む。「まだ自分は完成しているとは思っていない」と成長途上を強調する。その未来に桃の花はたくましく咲き誇るか。




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鶏頭? 毛糸?

卓上四季 10/19

幼いころ、花のケイトウから毛糸を作るのだと思っていた。だから「けいとう」と呼ぶのだと。そう言ったら大人たちに笑われた。以来、この花が嫌いになった。

ケイトウと言えば、正岡子規の「鶏頭の十四五本もありぬべし」を連想する人も多いだろう。この句の評価を巡っては「鶏頭論争」と呼ばれるほど長年議論が続いたが、現代では秀句として定着している。

ただ、門外漢の筆者には「鶏頭が十四、五本もきっとあるだろう」という句の良さがよく分からなかった。そんなもやもや感を払拭(ふっしょく)してくれたのが、今年の現代俳句評論賞(現代俳句協会)を受賞した松王かをりさん(札幌市)の「未来へのまなざし」だ。

予備校で古文を教える松王さんは、「ぬ+べし」という助動詞を文法的に検証。その上で、死が目前に迫った当時の子規の状況などから「自分の死後も鶏頭はきっと咲いているに違いない」との未来への視点が、背景に隠されていると読み解いた。

余命わずかな子規は、1年前の句会で庭に咲いていたケイトウといま庭で咲くケイトウに、自分がいない庭でも変わらず咲き誇るだろうケイトウを重ね合わせた―とする。鮮やかな花の赤に込めた思いがひしひしと伝わる。

詳細はぜひ評論を読んでほしい。予備校講師らしい緻密な文法解説と説得力ある考察は、とても分かりやすい。おかげでケイトウがちょっとだけ好きになった。

ヤスさん

水や空 10/19

 「僕には子どもの頃の記憶がほとんど残っていない」。サッカーJ3鹿児島ユナイテッドFC監督の三浦泰年(やすとし)さんの著書「三浦兄弟」は、こんな書き出しで始まる。

 他の思い出は記憶の隅に追いやるくらい、サッカー漬けの毎日だったようだ。Jリーガー、そして日本代表を経験し38歳で現役引退した。ファンからは「ヤスさん」の愛称で慕われる。

 少年サッカーの育成に力を注ぎ、「夢はプロの監督」と記したのが7年前だ。率いたJクラブは今季で四つ目になる。52歳の今、どんな夢を描いているのだろう。チームは悲願のJ2昇格圏2位を射程に入れる快進撃を続けている。

 昨季は優勝争いに一時絡んだが、終盤に失速して5位に終わった。J2参加資格となるクラブライセンスを得られず優勝しても昇格できない状況は、少なからず影を落としたに違いない。今季は免許を取得し、舞台は整った。

 21日、2位の沼津をホームの鴨池で迎え撃つ。現在、リーグ戦7試合を残し2位と勝ち点2差の5位につける。勝利し勝ち点3を取れば昇格は目前だ。敵地で4月に完敗している。今度は負けられない。

 ヤスさんは、弟でJ2横浜FCの知良(かずよし)選手に触れ「将来J2で対戦できたら」と語る。ヤスとカズの兄弟対決はファンの夢でもあろう。沼津との大一番を応援で後押ししたい。気持ちの入った攻撃的なプレーで応えてくれるはずだ。


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サッカー界のスーパースター・カズ(三浦知良)の兄、“ヤス”こと三浦泰年氏が自伝を出版した。題して『三浦兄弟』。自らの半生、将来の目標はもちろん、カズのこと、さらに両親のことも赤裸々に綴っている。

例えば、一般にはあまり知られていないが、三浦兄弟は中学生の頃まで「納谷兄弟」だった。両親の離婚により、母方の「三浦」という姓に変わったのだ。また、父の納谷宣雄氏は自由奔放すぎる人物で、日本とブラジルを行ったり来たりしながら数多くの商売を手がけ、実はブラジルサッカー界において“ちょっと不思議だが偉大な日本人”として有名だという。

これまであまり語ってこなかった、そんな家族の話にまで踏み込んだ非常に興味深い一冊。それでは、さっそくご本人に話を聞いてみよう!

――まずは、ヤスさんとカズさんがどんな少年時代を過ごしたのか教えてください!

ヤス ひたすらサッカーばかりしていましたね。でも、カズと夢を語り合ったり、常にふたりで一緒にサッカーをしていたワケじゃないんです。

――え? 仲が悪かったんですか?

ヤス 仲は良かったですよ(笑)。ただ、いつも一緒にいたということはない。それぞれにサッカー漬けの生活を送っていたんです。
僕ら兄弟はタイプが違った。僕はマジメすぎるくらいに練習ばかりしていましたが、カズはいい意味で、いい加減なところがあった。

――カズさんのほうがいい加減?

ヤス 僕らにサッカーを教えてくれた父方の叔父さんはとても厳しい人でした。「人の何十倍も努力しろ。人が遊んでいるときにこそ練習しろ」と言って、サボったら容赦なく殴る。
でも、カズはお祭りがあればそっちに行くし、要領よく友達と遊んだ(笑)。僕のほうが、文字どおり“サッカー漬け”の毎日でした。

――幼少期から、お父さんが家庭にいた記憶がないと書かれています。子供心にどう思っていたんですか?

ヤス 確かに、いい父親とは言えない人でしたよね。夫としても。おふくろを泣かせてばかりでしたから。でも、男としては尊敬しています。

――男としては、というと?

ヤス 僕たち兄弟や妹に対して、愛情は確実にあったんです。伝えるのがヘタだっただけで、それを感じることはできましたから。特に、カズがブラジル留学に行きたいと言い出してからのオヤジの行動力は本当に尊敬せざるをえないですよね。

――「行動力」とは?

ヤス カズが中学3年のときにブラジルに行きたいと言い出したんですが、家族や先生など周囲の人に止められて、とりあえず僕と同じ静岡学園高校に入学したんです。
僕はサッカー部で中心選手としてやっていましたが、カズは部活というものが合わず、レギュラーにもなれなかった。そんなとき、オヤジが「俺が先にブラジルに行って、カズが来られるように地ならししてくるから」と言って、言葉も話せないのに本当に行っちゃったんですよ。

――結果、向こうでいろいろなコネクションを短期間でつくり上げちゃったんですよね?

ヤス そうです。そのおかげでカズは15歳でブラジルに渡り、プロとして活躍するに至ります。僕も高校卒業と同時にブラジルへ行きましたが、プロとして試合に出ることはできず、2年で挫折して帰国したんです。

――ずっとヤスさんのほうが上だったのに、ある意味で初めて“弟に追い越される”というのは、どんな気持ちだったんですか?

ヤス 「悔しい」とかじゃなかったですよね。単純に「スゲエな」と思えた。それはカズがJリーグ発足直前に帰国して、僕も在籍する読売クラブに入ってきたときもそうです。
当時はラモスさん、柱谷さん、加藤久さんなんかがいたワケですよ。みんなコワイ人たちばっかり(笑)。でも、カズは加入後の初練習のときから、チームメニューとは違うブラジル体操を先頭に立って始めましたから。もうその時点で「違うんだなあ、コイツは」って思いましたね。

――その後、兄弟はJリーグと日本代表で共に活躍して、あの“ドーハの悲劇”も経験されて。ところが、日本が初出場したW杯フランス大会では、カズさんが最後の最後で岡田監督からメンバー落ちを通告されました。あのとき、兄としてどう感じましたか?

ヤス 仕事としてサッカーに携わる人間としては何も言うことはできません。監督が決めることですから。
でも……兄としては正直、カズの日本サッカー界への貢献が認められなかった感じがして悔しかった。彼はすべての経験と情熱を注いで日本を強くし、サッカー界を盛り上げていた人間。功労者だからということではなく、絶対にフランスへ連れていくべき選手だったと今でも思っています。

――ところで、本書の中で「カズは自分のことをスーパースターであると認めていた」とありますが、これ、ホントなんですか!?

ヤス いやあ、一度、素朴に疑問に思ったから、「おまえはスーパースターなのか?」と質問をぶつけてみたんですよ。そしたら、ハッキリと自分で認めていました(笑)。
さらにカズは、「ヤスさん、ヒーローとスーパースターの違いはわかる?」と聞いてきて、「ヒーローは、例えば一回だけ火事を発見しただけでもなれるんだよ。でも、スーパースターは違うんだ」と。僕なりに解釈すると、長い人生が蓄積されて“伝説”にならなければスーパースターにはなれないということなんでしょうね。

――そのカズさんは今も現役を続け、ヤスさんは引退後、S級ライセンスを取得して指導者への道を歩き始めています。最後に、ヤスさんの“これから”を教えてください。

ヤス プロの監督になりたい。ヴィッセル神戸では統括本部長というフロントの責任者をやらせてもらいましたが、僕はやっぱり現場にいるタイプの人間です。当時の経験も活かしつつ、現場で監督をやりたいですね。
そして、いつかまたカズと一緒にサッカーに携わる仕事をしたい。そのときは……やっぱりカズが前に出て、僕が後ろでサポートするでしょうね(笑)。


■三浦泰年(みうら・やすとし)
1965年生まれ、静岡県静岡市出身。清水エスパルス時代の93年にはオフトジャパンに招集され、カズとともに“ドーハの悲劇”を経験(Aマッチ通算3試合)。引退後はヴィッセル神戸の統括本部長、コーチなどを歴任し、S級ライセンスを取得。現在は自ら創設したクラブ「FCトッカーノ」でサッカー少年たちの指導・育成にあたっている。(出版時)

処刑する男

中日春秋 10/19

十歳の時、その少年は二十年後の自分をこう描いていたという。大好きな英サッカーチームの「選手になっていて、ゴールを決める。」

だが、この少年モハメド・エムワジが、三十歳になることはなかった。二十七歳の時に彼は、過激派組織「イスラム国」の本拠地ラッカで死んだ。黒い覆面姿で人質らを残酷に処刑する男「ジハーディ・ジョン」として米英軍のミサイル攻撃の的になったのだ。

サッカー好きの内気な少年がなぜ、悪名高きテロリストになったのか。英国の記者バーカイク氏の労作『ジハーディ・ジョンの生涯』が浮かび上がらせるのは、英政府などの「テロ対策」が若者を先鋭化しやすくしているという実態だ。

戦禍や貧困から逃れるため、中東などから欧州に渡った難民や移民の子らが、ただ怪しいというだけで明確な根拠もないまま当局の厳しい監視下に置かれ、就職や結婚さえ、ままならなくなる。異物のように社会から排除された若者が出口をあがき求めた末に極端な行動に走る…そんな構図である。

軍事作戦で「イスラム国の首都」ラッカは陥落した。しかし、なぜあれほどの若者がラッカに集まったのか、という問いが消えたわけではない。

『ジハーディ・ジョンの生涯』は、こんな不気味な言葉で結ばれている。<モハメド・エムワジは殺されても、ジハーディ・ジョンの替えはいくらでもいる。>

…………………………

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鋭利な刃物を手にした黒装束の男と、オレンジ色のジャンプスーツで手を縛られた人質。ネットを通して瞬く間に拡散した、あまりにも残忍な光景を多くの人は忘れることなどできないだろう。
その後、凄惨な行為はフランスを始めとする世界各地へと飛び火し、さらに多くの犠牲者を出すことにもなった。まさにテロの連鎖というべき状況を断ち切っていくためには、我々は何をするべきなのか? そして何をすべきではないのか?
むろん、事件の加害者に気持ちを寄り添わせることなど、到底出来はしない。だが犠牲者だけではなく、その事件が起きた社会的な背景にも気持ちを寄り添わせなければ、負の連鎖を断ち切ることは難しい。ただ加害者のパーソナリティに憎悪の気持ちを向けるだけでは、新たなテロリストを生み出してしまうだけなのかもしれない。
本書は、後に黒覆面の処刑人として世界を震撼させることになる、「ジハーディ・ジョン」ことモハメド・エムワジの評伝であり、そして彼と唯一接触したジャーナリストとしての著者自身の物語でもある。一人の男の半生を通して見えてくるのは、一つのテロがまた次のテロを生み出すまでの典型的な構図である。テロリスト誕生までの節目となるプロセスがまるで双六のように描かれ、サイコロを振る度にエムワジは先鋭化していく。
多くの犯罪者がそうであるように、幼少の頃のエムワジにも殺人鬼の片鱗は見られない。クウェート難民の息子として西ロンドンで生まれた彼は物静かなティーンエイジャー時代を過ごし、理性的で、勤勉であったという。10歳の頃の将来の夢は、大好きなチーム・マンチェスター・ユナイテッドの選手になっていて、ゴールを決めること。ごくごくありふれた少年であった。
だが一人の人格が形成されるまでに、周囲の人間の影響下から逃れることは難しい。運命が変わりだすのは、大学へ入学し、新たな人間関係ができる頃からだ。当時、ウェストミンスター大学は左翼の大学として知られており、一連の過激なイスラム聖職者の活動の場にもなっていたのだ。
彼の友人グループのリーダー格がソマリアで殺人やテロを計画しはじめると、グループ全体が対テロ戦争の標的となり、保安当局の手はエムワジにも及んでいく。国外への渡航はMI5に何度となく妨害され、就職や結婚の機会ですら、ことごとく潰されしまうのだ。
八方塞がりの状況に追い込まれたエムワジは、チャンスのない息が詰まりそうな環境から逃れ、「何者」かになることを希求する。多くの若者たちと同じように、警察や他の当局者を避けて、閉じた集団の中でムスリムとしてのアイデンティティを求めるようになってしまうのだ。著者は、似たような考え方をする友人の小さなネットワークに閉じ込められた時に先鋭化が起こりやすいという。
常識的な社会からある程度の距離をおかないと、真に夢を見る力は養われないだろう。優れたイノベーターたちの多くが、カルト的な環境の中で世の中を大きく変えるプロダクトを生み出したことは、よく知られた事実である。しかしエムワジが見た夢は、悪夢の方であった。
この直前の時期に、著者はエムワジへ貴重なインタビューを行っている。著者が知るエムワジは、実に紳士的で礼儀正しい男であったという。対立するアイデンティティの狭間で苦しみ、当局からの嫌がらせのような行為に悩み、その実態を多くの人に知ってもらうことを真摯に訴えてきた「被害者」としての声であったのだ。
著者は自問する。この漂流するエムワジの心の叫びを、もう少し早い段階で世の中に発信することができれば、「ジハーディ・ジョン」の誕生を防ぐことができたのかもしれない、と。
本人の意思とは無関係に、一度テロリストの疑いをかけられたものは、テロリストとして生きるしかないように周囲が変わってしまう。その影響が、やがて本人自体を変えてしまい、虚像と実像のボーダーは溶けていく。社会から弾き出そうとする力と、受け入れる側の利用しようとする力が重なりあった時、代替不可能であったはずのモハメド・エムワジのパーソナリティは、代替可能な「ジハーディ・ジョン」のキャラクターと入れ替わってしまうのだ。
テロが市民の恐怖を引き起こし、その恐怖がさらなる予備軍を先鋭化させ、また次のテロが起きる。エムワジのパーソナリティと社会的な背景を照らし合わせながら見ていくと、テロリストが生産されるプロセスは、強固にシステム化されているとしか思えない。事実、先鋭化するムスリムの若者は後を絶たず、それは「ジハーディ・ジョン」の替えがいくらでもいることを意味する。
つい先日にも、革命記念日に沸くフランスをトラック突入テロが襲った。容疑者の動機や背景など、詳細はまだ明らかになっていないが、「仏政府は非常事態を宣言し、危険人物の摘発や街中の警備を強化していた。」という紙面の一節はとにかく気になった。そのやり方次第では、さらなるテロリストを誕生させるだけであるという事実を、多くの人は知っておくべきであろう。

ワニの口

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南風録 10/18

 「口」の字に動物を組み合わせた言葉は数々ある。代表格は水道の蛇口だろう。若い女性ならアヒル口が浮かぶかもしれない。口角が上がり唇を前に突き出した口をいう。かわいらしく見せるしぐさが魅力らしい。

 ヒキガエルの見た目と裏腹に、重宝するのはがま口である。大きな口で小銭を丸のみしてくれ、ちょっとした買い物に便利だ。給料日前に500円玉を見つけて喜んだ向きも多かろう。

 変わり種は「ワニの口」である。こちらは庶民とは桁違いの国家予算を扱う財務官僚が好んで使う。歳出と税収の差が年々広がっていく折れ線グラフの形が、口を開けたワニと似ていることにちなむ。

 この差額は国債の発行、つまり借金で穴埋めされている。少子高齢化により社会保障費は膨らみ続け、バブル崩壊後、ワニの口は広がる一方だ。口を縛るロープの役割が消費税増税だったはずなのだが、雲行きは怪しい。

 衆院選で与党は増収分をすべて借金返済に回さず、教育無償化に充てる方針を打ち出した。野党は今は上げ時でないと増税の凍結、中止を訴える。いずれもワニの凶暴性をみくびったかのような振る舞いだ。

 広辞苑を引くと、しっかり「鰐(わに)口」もあった。「きわめて危険な場所・場合」と出てくる。いくら巨大なワニでも口の大きさには限界があろう。たがが外れた先にある財政破綻や借金地獄を忘れてもらっては困る。

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半分ちょうだい

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有明抄 10/18

 子ども心に悩んだ記憶がある。絵本『はんぶんちょうだい』(作・山下明生)は、森の動物たちが主人公。釣りに出かけたウサギとサルが、何やらとてつもない“大物”を当てる。が、釣り上げられずに「つれたら、はんぶんあげるよ」と、誰彼かまわず約束してしまう。

みんなで釣り上げたものの、獲物はひとつ。口々に「半分ちょうだい」と迫られて、青ざめるウサギとサル…。今の東京都も同じような気持ちかもしれない。江東区と大田区が所有を争ってきた東京湾の人工島「中央防波堤」の話である。

この人工島は、東京五輪でボートやカヌーの競技会場として使われる予定で、まさに都心の一等地。江東区が「島を埋め立てるためのごみはうちを通って運んだ」と主張すれば、大田区は「あの海域では、うちの漁民がノリを養殖していた」と双方譲らない。

結局、東京都が出した調停案は、それぞれの区の海岸線からの距離に基づいて、江東区に面積の9割近くを、大田区に1割余りを認めた。江東区は納得したが、わずかしか得られない大田区は猛反発。争いは司法の場に持ち込まれそうな雲行きだ。

冒頭の絵本では、釣り上げた大物の正体は「海」だった。みんなで担いで山に持ち帰り、森の動物たちの憩いの場にするというハッピーエンド。人工島はどんな結末を迎えるだろう。