国民の目

越山若水 6/21

人間とは何ともずるい生き物である。個人レベルでは心優しく善良なのに、集団社会になると平気で悪さをする。誰も見ていない、他の人もやっているから…と。

それを証明する興味深い実験を英国の動物行動学者、メリッサ・ベイトソンが行っている。その詳細が「モラルの起源」(亀田達也著、岩波新書)に載っている。

お金を払えば自由にコーヒーを飲める機械がある。自主的な代金納入が前提で、ただ飲みする者がいたら運営は厳しい。とはいえ見張りを立てるとコストが大きい。

そこでコーヒールームにこんな仕掛けを施した。ある週はきれいな花の写真を飾り、次の週は人の目の写真を貼りだした。数種類を試したところ、人の目の写真だと代金の回収率が大幅に改善された。

中でも「怖い目」が最も効果的だったという。ベイトソンは「誰かに見られている」「規範を破ると罰則を受ける」と案じる気持ちが、社会規範の逸脱を防いだと分析した。

内閣支持率が急落した安倍晋三首相が、加計(かけ)学園問題など通常国会での強気の答弁を謝罪した。その理由は「他人の目」に恐怖心を覚えたからだろう。

「真摯(しんし)に説明責任を果たす」と低姿勢を示したものの、特定秘密保護法や安全保障関連法の局面も乗り越えた自信か、端々に「安倍1強」のおごりが見え隠れする。独走する政治のブレーキは「国民の目」である。

天気屋

卓上四季 6/21

冷たい飲み物や食べ物が恋しい季節になってきた。食品業界には、天気と嗜好(しこう)品の売り上げに関する法則がある。

ビールは気温が22度を超すと、急激に増える。アイスクリームは気温が高ければ高いほど売れそうだが、30度を上回るとぱたっと落ちる。さっぱりとしたシャーベットや清涼飲料水の方が好まれるからだ。気象予報士の森田正光さんがエッセー「大手町は、なぜ金曜に雨が降るのか」に書いていた。

物を供給する側からすれば、法則は分かっていても気温が変動してから出荷量を調整するのは容易ではない。事前に天候の予測がついていれば対策を講じやすい。日本気象協会が天気予報を使って、需要を予測するサービスを本格的に始めたという。

食品メーカーのミツカンが、協会の配信した体感気温などの予測に基づいて冷やし中華のつゆの生産量を調整したところ、売り上げ予想と実績がほぼ一致した。取り組みが広がれば、仕事の無駄が省けるばかりか、食品ロスが減り、省エネにも役立つはず。

事前に予報で知らされていても、対策が難しい例もある。たとえば鶏は夏に気温が上がると、えさを食べなくなり、産卵が減る。養鶏業者には悩みの種だ。エアコンを備えればいいのかもしれないが、電気代を考えるとどうなのか。

もっとも、売る方が普段悩まされるのは、移り気な人間だったりして。「お天気屋」だけは致し方ない。

世界難民の日

中日春秋 6/20

「子どものあなたにとって戦争とはなんでしたか」と問われて、ある人はこう答えた。「ナイロン製の袋に、私の子ども時代は隠してある。それは、私が難民になったときに、家から持ち出したものすべて。」

二十万人近くが殺され、二百万人以上が難民となったボスニア・ヘルツェゴビナ紛争。その中で子どもたちは、どんな日々を送っていたのか。その証言を集めた『ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992-1995』(角田光代訳)には、こんな言葉が並ぶ。

「戦争中に子どもでいるってことは、子どもではいられないってこと」「自分が子どもだって気づく前に、いい思い出も持たない大人になっていた。子どもでいられる時間はやつらに盗まれた」「スナイパーは兄を殺した。ぼくが子どもでいられる時間も。」

そういう思いを抱える子どもたちは、今も増え続けている。国連児童基金(ユニセフ)などによると、世界の子どもの二百人に一人は難民で、一千万人を超えているという。

戦火などで、故郷を追われただけではない。学齢期にある難民のうち半数以上は、学校に行くこともできないでいるという。親と離れて国境を越える未成年が激増して、人身売買業者らの牙にかかっているのではないかと危ぶまれている。

「子ども時代を盗まれている子どもたち」に目を凝らしたい。きょうは「世界難民の日」だ。

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先割れスプーン

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三山春秋 6/19

 昼食でいつものカレー屋さんに行くと、スプーンの先端が三つに割れた先割れスプーンが出てくる。カツカレーのカツを、フォークのように刺せて便利だ。毎日使っていた小学校の給食が懐かしい 。

 県教委に聞くと、今の給食で先割れスプーンを使用している学校は「たぶん無いと思う」。箸の使い方を覚えなくなるとか、犬食いを助長するとか、とかく評判が悪くて給食から姿を消したのだ 。

 だが有用なものは生き残る。沼田市に唯一の工場がある東商化学(本社・東京)は、プラスチック製スプーン、フォークなどの製造で全国トップシェアという。先端をフォーク状にしたフォークスプーン、片側にギザギザを入れたカッター付きスプーンなど、スプーンだけで40種類を作っている 。

 先割れスプーンをさらに進化させ、アウトドアをはじめ多様化した食のニーズに応える。意外なメード・イン・グンマの活躍を知ると、スプーンにふと愛着がわき、楽しく使ってみたくなる 。

 6月は政府提唱の「食育月間」で、毎月19日は「食育の日」。社会全体で子どもの食を考える日だ 。

 給食の質は確かに向上したのだろうが、それ以前に給食費が払えない子どもの貧困・格差がいたたまれない。みんなで先割れスプーンを使ったあの頃と比べ、おいしく食べているのだろうか、楽しくやっているのだろうか。

カフェイン

中日春秋 6/19

『人間喜劇』などのフランス作家、オノレ・ド・バルザックの日課に驚く。こんな具合である。

午後六時に夕食。その後就寝し午前一時に起床。七時間、執筆し午前八時から一時間半、仮眠。午前九時半から午後四時までまた、執筆。午後四時から散歩と風呂。これを続けた。

『天才たちの日課』(メイソン・カリー、フィルムアート社)にあった。ざっと、一日十三時間半の執筆を助けていたのはカフェインで、一説によると一日に五十杯ものコーヒーを飲んでいた。

一時間とて集中して原稿が書けぬ身としては、文豪のまねをしてもっとカフェインをと思わないでもないが、やめておく。日本中毒学会の調査結果によると、カフェインを多量に含む眠気防止薬や「エナジードリンク」などの急性中毒によって緊急搬送される人が増えているそうだ。過去五年間に少なくとも百一人が搬送され、三人が亡くなっている。

看護師さんなどの深夜勤務の人が緊急搬送されるケースもあったと聞けば、眠気ざましにと限度を超えて摂取してしまったか。仕事熱心のあまりであろう、お気の毒である。

カフェインの摂取許容量は定められていないが、海外の目安では成人で一日当たり〇・四グラム(マグカップのコーヒー三杯分)。<一杯のコーヒーから夢の花咲くこともある>。戦前の流行歌。限度を超せば、<夢の花散る>ことだってある。

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ちなみに、登場する161名の一覧は以下の通り。

ウィスタン・ヒュー・オーデン(詩人/「20世紀最大の詩人の1人」)
フランシス・ベーコン(画家)
シモーヌ・ド・ボーヴォワール(作家・哲学者/「第二の性」)
トーマス・ウルフ(小説家/20世紀初期の偉大な小説家の1人)
パトリシア・ハイスミス(小説家/「太陽がいっぱい(リプリー)」など)
フェデリコ・フェリーニ(映画監督/「甘い生活」「道」「8 1/2」など)
イングマール・ベルイマン(映画監督/「沈黙」「野いちご」「処女の泉」など)
モートン・フェルドマン(作曲家・図形楽譜の発案者)
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(作曲家/「交響曲第25番ト短調」「ピアノソナタ第11番(第3楽章 トルコ行進曲)」「フィガロの結婚」「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」など)
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(作曲家/「交響曲第5番 運命」「交響曲第9番」「ピアノソナタ第14番嬰ハ短調 月光」「エリーゼのために」など)
セーレン・キェルケゴール(哲学者/「不安の概念」「死に至る病」など)
ヴォルテール(哲学者)
ベンジャミン・フランクリン(政治家、雷が電気であることを証明した学者)
アンソニー・トロロープ(小説家・郵便職員)
ジェーン・オースティン(小説家/「分別と多感」「高慢と偏見」「エマ」など)
フレデリック・ショパン(作曲家/「華麗なる大円舞曲」「英雄ポロネーズ」「幻想即興曲」など)
ギュスターヴ・フローベール(小説家/「ボヴァリー夫人」「サランボー」など)
アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(画家/「ムーラン・ルージュにて」など)
トーマス・マン(小説家/「魔の山」など)
カール・マルクス(哲学者/「共産党宣言」「資本論」など)
ジークムント・フロイト(精神科医/「夢判断」「精神分析入門」など)
カール・グスタフ・ユング(精神科医、分析心理学を確立)
グスタフ・マーラー(作曲家/「大地の歌」「交響曲第1番ニ長調『巨人』」など)
リヒャルト・シュトラウス(作曲家/「ツァラトゥストラはかく語りき」「ドン・ファン」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」など)
アンリ・マティス(画家、/「緑の筋のある女:マティス夫人」「ジャズ・サーカス」など)
ジョアン・ミロ(画家/「階段を昇る裸婦」「朝の星」など)
ガートルード・スタイン(著述家/「アリス・B・トクラスの自伝」など)
アーネスト・ヘミングウェイ(小説家/「日はまた昇る」「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」「老人と海」など)
ヘンリー・ミラー(小説家/「北回帰線」など)
スコット・フィッツジェラルド(小説家/「グレート・ギャツビー(華麗なるギャツビー)」「ラスト・タイクーン」など)
ウィリアム・フォークナー(小説家/「響きと怒り」「八月の光」「アブサロム、アブサロム!」など)
アーサー・ミラー(劇作家/「セールスマンの死」「るつぼ」など)
ベンジャミン・ブリテン(作曲家/「シンプル・シンフォニー」「戦争レクイエム」など)
アン・ビーティー(著述家)
ギュンター・グラス(小説家/「ブリキの太鼓」など)
トム・ストッパード(劇作家/「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」、映画「恋に落ちたシェイクスピア」脚本など
村上春樹(小説家/「ノルウェイの森」「海辺のカフカ」「1Q84」など)
トニ・モリスン(小説家/「青い眼が欲しい」「ソロモンの歌」など)
ジョイス・キャロル・オーツ(小説家/「生ける屍」など)
チャック・クローズ(美術家)
フランシーン・プローズ(著述家)
ジョン・クーリッジ・アダムズ(作曲家)
スティーヴ・ライヒ(作曲家)
ニコルソン・ベイカー(小説家)
バラス・スキナー(心理学者、行動分析学の創始者)
マーガレット・ミード(文化人類学)
ジョナサン・エドワーズ(神学者)
サミュエル・ジョンソン(詩人)
ジェイムズ・ボズウェル(著述家)
イマヌエル・カント(哲学者/「純粋理性批判」「実践理性批判」「判断力批判」など)
ウィリアム・ジェームズ(哲学者)
ヘンリー・ジェイムズ(小説家/「ねじの回転」など)
フランツ・カフカ(小説家/「変身」「審判」など)
ジェイムズ・ジョイス(小説家/「ユリシーズ」など)
マルセル・プルースト(小説家/「失われた時を求めて」)
サミュエル・ベケット(小説家/「ゴドーを待ちながら」)
イーゴリ・ストラヴィンスキー(作曲家/「春の祭典」「火の鳥」「ペトルーシュカ」など)
エリック・サティ(作曲家/「ジムノペディ」など)
パブロ・ピカソ(画家/「アヴィニョンの娘たち」「ゲルニカ」など)
ジャン=ポール・サルトル(哲学者/「存在と無」)
T・S・エリオット(詩人/「荒地」「寺院の殺人」)
ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(作曲家/「交響曲第5番」など)
ヘンリー・グリーン(作家/「パーティー・ゴーイング」「ラヴィング」など)
アガサ・クリスティ(小説家/「アクロイド殺し」「オリエント急行殺人事件」「ABC殺人事件」「カーテン」など)
サマセット・モーム(小説家/「月と六ペンス」など)
グレアム・グリーン(小説家/「権力と栄光」「第三の男」など)
ジョゼフ・コーネル(芸術家)
シルヴィア・プラス(詩人)
ジョン・チーヴァー(小説家/「泳ぐひと」ほか)
ルイ・アームストロング(ミュージシャン)
ウィリアム・バトラー・イェイツ(詩人)
ウォーレス・スティーブンス(詩人)
キングズリー・エイミス(小説家/「ラッキー・ジム」「地獄の新地図」など)
ウンベルト・エーコ(哲学者/「薔薇の名前」「フーコーの振り子」など)
ウディ・アレン(映画監督/「アニー・ホール」「ミッドナイト・イン・パリ」など)
デヴィッド・リンチ(映画監督/「エレファント・マン」「マルホランド・ドライブ」など)
マヤ・アンジェロウ(詩人)
ジョージ・バランシン(バレエ)
アル・ハーシュフェルド(風刺画家)
トルーマン・カポーティ(小説家/「ティファニーで朝食を」「冷血」など)
リチャード・ライト(小説家/「アンクル・トムの子供たち」「アメリカの息子」「ブラックボーイ」など)
H・L・メンケン(ジャーナリスト)
フィリップ・ラーキン(詩人)
フランク・ロイド・ライト(建築家)
ルイス・I・カーン(建築家)
ジョージ・ガーシュウィン(作曲家/「ポーギーとベス」「パリのアメリカ人」など)
ジョセフ・ヘラー(作家/「キャッチ=22」など)
ジェームス・ディッキー(詩人)
ニコラ・テスラ(電気技師)
グレン・グールド(ピアニスト)
ルイーズ・ブルジョワ(彫刻家)
チェスター・ハイムズ(小説家)
フラナリー・オコナー(小説家)
ウィリアム・スタイロン(小説家/「ソフィーの選択」など)
フィリップ・ロス(小説家/「さようならコロンバス」「ポートノイの不満」など)
P・G・ウッドハウス(小説家)
エディス・シットウェル(詩人)
トマス・ホッブズ(哲学者/「リヴァイアサン」など)
ジョン・ミルトン(詩人/「失楽園」など)
ルネ・デカルト(哲学者/「方法序説」など。『我思う、ゆえに我あり』が有名)
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(詩人/「若きウェルテルの悩み」「ファウスト」)
フリードリヒ・フォン・シラー(詩人)
フランツ・シューベルト(作曲家/「野ばら」「魔王」「ます」など)
フランツ・リスト(作曲家/「パガニーニによる大練習曲 第3番嬰ト短調 ラ・カンパネラ」「ハンガリー狂詩曲」など)
ジョルジュ・サンド(小説家)
オノレ・ド・バルザック(小説家/「ゴリオ爺さん」「谷間のゆり」など)
ヴィクトル・ユーゴー(小説家/「レ・ミゼラブル」など)
チャールズ・ディケンズ(小説家/「クリスマス・キャロル」「オリバー・ツイスト」など)
チャールズ・ダーウィン(科学者/「種の起源」「ビーグル号航海記」など)
ハーマン・メルヴィル(小説家/「白鯨」など)
ナサニエル・ホーソーン(小説家/「緋文字」など)
レフ・トルストイ(小説家/「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」など)
ピョートル・チャイコフスキー(作曲家/「白鳥の湖」「スラヴ行進曲」「交響曲第6番 悲愴」「ピアノ協奏曲第1番変ロ短調」)
マーク・トウェイン(小説家/「トム・ソーヤーの冒険」など)
アレクサンダー・グラハム・ベル(科学者/電話や金属探知機の発明者)
フィンセント・ファン・ゴッホ(画家/「ひまわり」「タンギー爺さん」など)
N・C・ワイエス(画家)
ジョージア・オキーフ(画家)
セルゲイ・ラフマニノフ(作曲家/「ピアノ協奏曲第2番ハ短調」など)
ウラジーミル・ナボコフ(小説家/「ロリータ」など)
バルテュス(画家)
ル・コルビュジエ(建築家)
バックミンスター・フラー(思想家)
ポール・エルデシュ(数学者)
アンディ・ウォーホル(画家、ポップアートの巨匠)
エドワード・アビー(作家)
V・S・プリチェット(著述家)
エドマンド・ウィルソン(著述家)
ジョン・アップダイク(作家/「走れウサギ」など)
アルベルト・アインシュタイン(科学者/「一般相対性理論」や「特殊相対性理論」で知られる)
ライマン・フランク・ボーム(児童文学作家/「オズの魔法使い」など)
クヌート・ハムスン(小説家)
ウィラ・キャザー(小説家)
アイン・ランド(小説家)
ジョージ・オーウェル(小説家/「1984年」「動物農場」など)
ジェイムズ・T・ファレル(小説家)
ジャクソン・ポロック(画家)
カーソン・マッカラーズ(作家)
ウィレム・デ・クーニング(画家)
ジーン・スタッフォード(作家)
ドナルド・バーセルミ(小説家)
アリス・マンロー(小説家/「イラクサ」「林檎の木の下で」など)
ジャージ・コジンスキー(小説家)
アイザック・アシモフ(小説家/「ファウンデーション」「われはロボット」「鋼鉄都市」など)
オリバー・サックス(神経学者/「レナードの朝」など)
アン・ライス(小説家/「夜明けのヴァンパイア(インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア)」など)
チャールズ・M・シュルツ(漫画家/「ピーナッツ」など)
ウィリアム・H・ガス(小説家)
デヴィッド・フォスター・ウォレス(漫画家)
マリーナ・アブラモヴィッチ(アーティスト)
トワイラ・サープ(ダンサー)
スティーヴン・キング(小説家/「シャイニング」「キャリー」「ミザリー」「ザ・スタンド」など)
マリリン・ロビンソン(小説家)
ソール・ベロー(小説家)
ゲルハルト・リヒター(画家)
ジョナサン・フランゼン(小説家)
マイラ・カルマン(画家)
ジョルジュ・シムノン(小説家)
スティーヴン・ジェイ・グールド(古生物学者)
バーナード・マラマッド(小説家)

父の日

南風録 6/18

 以前この欄で紹介したが、大相撲の大関に昇進した高安は入門当時、何度も自宅に逃げ帰った。部屋の人間関係に悩み、赤信号で止まった車から飛び出したこともあった。

 「逃げると負け癖がつく」。根気強く部屋に連れ戻したのは父親である。何と弟子たちの前で土下座してわびたのだ。父の覚悟が心に染みたのだろう。高安はそれから稽古に励み、ぐんぐん力をつけた。成長の陰に父子の絆があった。

 女子バレーボールの日本代表として活躍した鹿児島市出身の迫田さおり選手が先月、現役を引退した。右肩の痛みに苦しんだ時期を乗り越えて、五輪に連続出場を果たした。「娘に感動と夢をもらった」と話すのは父親の保行さんである。

 迫田選手は滞空時間の長い力強いスパイクが持ち味だ。コートに立たなくても、ベンチから笑顔でチームを鼓舞する姿が印象的だった。父親にとっても誇らしい娘に違いない。

 ふだん2人の会話は多くはないが、互いの心は通い合っているようだ。迫田選手は父の誕生日などに連絡を欠かさないらしい。引退後はゆっくり語り合う時間もあるかもしれない。

 きょうは父の日。NASAの宇宙飛行士ジェリー・リネンジャーさんは、宇宙ステーションから幼い息子に電子メールを送り続けたと著書に記す。「パパはおまえを上からいつも見守っている」。父と子にはさまざまな愛情表現の形がある。

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有明抄 6/18

 「お、きょうは父の日かぁ」-あまりの無関心ぶりに、さりげなく家族にアピールするお父さんも少なくないのでは。母の日はもちろん、こどもの日や敬老の日と比べても、圧倒的に影が薄い気がするが、ひがみ根性というわけでもなさそうだ。

日本生命保険のアンケート調査によると、父の日にプレゼントを贈る人は4割どまり。母の日には8割近い人がプレゼントを準備するというから、半分しかいない。プレゼントの予算が約6千円というのは意外に高額に思えるが、実は去年より800円も減ったのだとか。

佐賀市出身のお笑いタレントはなわさんが、今年の「ベストファーザー」に選ばれた。子どもたちとの仲むつまじい姿をテレビで見かける。ヒット中の新曲「お義父さん」は、はなわさん夫妻の実体験がベース。妻がまだ幼いころに家を出た義父へ語りかける形で、妻への感謝を歌う。佐賀市で開いたライブでは、涙ぐみながら女性ファンらが聞き入っていた。

ベストファーザー受賞時のはなわさんのコメントも好感が持てる。「この光栄な賞を頂けたのも家族のおかげです。家族みんなでもらった賞だと思っています」-。実に謙虚でさわやかである。理想の父にぴったり。

あ、はなわさんみたいに日頃の感謝を伝えてないから、わが家は「父の日」が盛り上がらないのかぁ…。

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くろしお 6/18

 梶原一騎原作の野球漫画「巨人の星」の一場面だ。上流家庭の子弟が通う高校の入試面接で主人公の飛雄馬が父親の職業を問われてこう答える。日本一の日雇い労働者、と。

 飛雄馬は昼夜分かたず工事現場でつるはしをふるって進学費用を工面してくれた父の一徹を誇りに思い、働く姿を脳裏に描きつつ「とうちゃん」とつぶやく。長尺ものの漫画の中で特別、印象に残るのは汗水たらして働く父親への感謝が凝縮された場面だからだ。

 父親をどう呼ぶかは当然ながら時代や地域によって違い、変化してきた。例えば近世後期の江戸では中層以上の武家、町人の間では「おとっつぁん」が使われ、一般庶民は時代劇「子連れ狼」でよく知られる「ちゃん」が一般的だった。

 「おとうさん」という呼称は明治36年の第一期国定読本「尋常小学読本-二」に「タローハ、イマ、アサノ アイサツヲ シテヰマス。

 オトウサンオハヤウゴザイマス」という例文が掲載されたことがきっかけになり全国へ広がった(神永曉著「悩ましい国語辞典」)。

 きょうは父の日。母の日に隠れて目立たないとか、いまいち話題にならないとされるが街を歩けば贈り物用セールがあちこちで展開されている。きのうは宮崎市内のデパート地階の酒売り場で何を買うか思案中の母娘らしい二人を見た。

 物を贈るという行為もいいが大切なのは心のこもった言葉だろう。とうちゃんでもおとっつあんでもおとうさんでもパパでもいい。その上に「日本一の」をのせて感謝の気持ちを伝えればぐっときて、疲れも吹っ飛ぶことまちがいなしだ。

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第10話

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春秋 6/18

 保険会社の支店長だった向田邦子さんの父は客を連れて帰ることが多かった。客が脱いだ靴をそろえるのは、小学生のころから向田さんの役目。そろえ方が悪いと父に叱られた。

きちょうめんな父は家族の靴の脱ぎ方、そろえ方にもひどくうるさかった。それなのに自分は靴をおっぽり出すように脱ぎ散らかした。父のいない時に文句を言うと、母がその訳を教えてくれた。

父は母親の手一つで育てられ、親戚や知人の家に間借りして暮らした。履物はそろえて隅に脱ぐようにと言われて大きくなった。母と結婚した直後に「出世して一軒家に住み、玄関の真ん中に威張って靴を脱ぎたいものだ」と言ったそうだ。

貧しい石工だった石牟礼道子さんの父は、牛小屋の廃材で家を建てた。最初の杭(くい)を打つ時、地面が水平にならされているかどうか調べながら小学生の娘に言った。「家だけじゃなか、なんによらず、基礎打ちというものが大切ぞ。物事の基礎の、最初の杭をどこに据えるか、どのように打つか。世界の根本とおんなじぞ。おろそかに据えれば、一切は成り立たん。」

廃屋のようなこの家に、水俣病支援の人たちが30年近く、何百人も泊まることになる。父の言葉は水俣病と向き合う石牟礼さんの「根本」にもなったようだ。

向田さんの「父の詫(わ)び状」(文春文庫)、石牟礼さんの「詩文コレクション6 父」(藤原書店)から引いた。きょうは父の日。


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水鉄砲 6/18

 18日の父の日を前に、本紙の「パパママひろば」に子どもたちが描いたお父さんの絵がカラーで紹介された。本紙折り込みのフリーペーパーには約30人の子どもたちが写真入りで登場、日ごろは伝えにくい父親への感謝の気持ちを話してくれた。

 それにしても、母の日に比べて父の日は影が薄い。日本生命のアンケートによると、父の日にプレゼントを贈る人は回答者の42・7%で、調査を始めた2013年以降4年連続で減少した。母の日にプレゼントを贈る人は同様の調査で76・2%いるからその差は大きい。家庭内でのお父さんの地位はやはり低下しているのだろうか。

 プレゼントの内容をみると「贈るもの」と「欲しいもの」のトップはいずれも食事・グルメ。これは予想通りだったが、興味深いのは「手紙・メール・絵」についての回答結果。贈る予定の順位は8位、欲しいものの順位は4位だが「もらって一番うれしかったものは何ですか」という問いでは1位になっている。物よりも気持ちの方が心に響くのだろう。

 わが家では毎年、東京で暮らしている子どもたちから銘酒が届く。居間の壁には長男が幼稚園で描いた輪郭だけの私の似顔絵がいまも貼ったままになっている。あらためて眺めると、その一角だけが30年、時間が止まっているように感じる。

 紙面に掲載されたイラストや写真も、時を越えて家族の記念になるのだろうか。そうであればうれしい。


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正平調 /6/18


父が交通事故に遭った。遺体を確認し、帰宅した母の手に遺品が三つ。ベルト、結婚指輪、そして秒針だけが動いている腕時計。母は泣きながら「父さん、本当に死んでた」と言った。

たとえ大金持ちでも買えないものがある。深い悲しみの中で、少女はそう感じたそうだ。それは命。ゲームのように人は生き返ったりはしない。だから、と思う。「わたしは、父の分をいきていくときめました。」

神戸などで遺児の支援を続けるレインボーハウスの冊子「こころに虹がかかるまで」でこんな内容の作文を読む。作者は小学3年生だ。この先、「父の分を」という決意が道を照らすともしびになるのだろう。

きょうは「父の日」である。日本生命の調査では贈り物をする人が減ってきたという。贈り物事情も気にはなるが、ふと立ち止まり、父のことを思う一日であってほしい。

〈父さんはこの世のどこを探してもいない父の日パートに励む〉身野佳奈。神戸新聞文芸の2016年最優秀作の一つである。勤め先に巣を作った親ツバメが、餌をとっては子に与える。他界した父と重なり、作者はその不在をあらためて感じている。

ツバメが街を舞う季節である。「父の分を」と誓ったあの少女も、飛ぶツバメを見上げているかもしれない。

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越山若水 6/18

イラストレーターの益田ミリさんにとって父親は「わかりやすくて、わかりにくい」存在(「オトーさんという男」幻冬舎文庫)。そして「ちょっと面倒くさい」

改まった場に出掛け、他人の靴を履いて帰ってくる。誰かが迷惑しているのに「そんなん気にしてへんもん」。いや、それは気にしてくださいよ、と益田さん。

家事は一切しないはずがあるとき自分が晩ご飯を作ると言いだした。困ったのは益田さん姉妹だ。短気なオトーさんは少しでも思い通りにならないと怒りだすから。

外出した母の代わりに、必死に働いた。ジャガイモを牛乳で煮る料理は割合、おいしくできた。が、益田さんたちは手伝いに疲れ、母も後片付けに疲れ、父だけが上機嫌だった。

そうそう、こうなるから嫌なのよという声が聞こえてくる。先ごろ内閣府が始めた「おとう飯(はん)」キャンペーンである。もっと男性も料理をという狙いだが案外、評判が良くない。

立派な料理でなくても「おとう飯」ならいい、とキャッチコピーにある。だったら「おかあ飯」は立派じゃないといけないの? との声も上がる。

世はいまだに男性優位、という指摘だろう。それを認めつつわが身を振り返れば、男は不器用でいけない。益田さんの父上も、大変な娘思いなのに伝えるのが苦手。でも、そこは大目に見てもらえないかと思う。「父の日」に免じて。

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中日春秋 6/18

 作家、池波正太郎の両親は正太郎が七歳のときに離婚した。十四歳のある日、その父親とばったり出会った

「お父さん」と声をかけると、父親は泣きだしそうな顔になって「おまえさんはだれだい。おまえさんなんか知りませんよ」。少年はさぞや傷ついたことだろう。「勝手にしろ」と怒鳴りつけ家へ帰った。後年、父親に「あの時なんでしらばっくれたのか」と聞いた。「おまえさんに忘れてもらいたいと」

離婚は父親の事業の失敗が原因。せがれのことを思うがあまり自分のことなんか忘れてほしいとがまんしていたか。そのまま人情芝居になる場面である。父の日である。池波親子を持ち出さずとも、父と子の愛はどうも、すれ違いやすいようだ。

コピーライターの岩崎俊一さんの作品に父と子、とりわけ息子との関係をぴたりと表現したこんな作品がある。<絶対に好きだと言い合わない愛があるなら、それは、父と息子だ>。母親に比較し、父親は率直に愛情を表現するのが不得意らしく、子どもは子どもでそういう父親には甘えにくい。

最近のアンケート結果によると父の日にプレゼントを贈る人の割合は約四割。母の日の約八割と比べ、大きな開きがあるそうだ。

これは愛情の開きではなく、父親への愛情表現の難しさの問題と信じる。父の日の食卓、日本中で<好きだと言い合わない愛>がモジモジしている。

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編集日記 6/18

 〈父帰宅一人一人と居間を去り〉。過去のサラリーマン川柳で見つけ、わが身を振り返ってどきっとした。幼い頃はなついていた娘たちも、思春期を過ぎて態度が素っ気なくなった。子離れ、親離れの時期なのだと分かっていても寂しさがよぎる

 そんな娘たちでもプレゼントをくれる時がある。小遣いを出し合って靴や財布を買ってくれたり、おいしい料理を振る舞ってくれる。普段と扱いの落差が大きいせいか、思わず胸が熱くなる。

 きょうは、そんなお父さんも多いのではないだろうか。日本生命保険のアンケート調査で、父の日のプレゼントに「贈るもの」と「欲しいもの」は、ともに食事・グルメが最多だった。家族で食卓を囲み、だんらんを楽しむ風景が目に浮かぶようだ。

 父親が最もうれしかった贈り物は、家族からの手紙や絵という答えがトップだった。ものがあふれる時代だからこそ手紙が持つぬくもりに心が癒やされるという人が多いのだろう。

 お父さんはいつも家族の生活を背中に背負い汗を流している。もし居間でテレビを見ている背中に哀愁が漂っていたら、きょうは「いつもありがとう」と声を掛けてみてはいかがだろう。決して催促するわけではないけれど。

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あぶくま抄 6/28

 男性が住んでいるアパートの隣室に、出産を終えた母親が赤ちゃんを連れて戻ってくる。泣き声はうるさくはないかと尋ねられた男性が答える。「知ってる赤ちゃんは、いくら泣いてもうるさくないよ」。吉田修一さんの小説「横道世之介」の一場面だ。

 県内を列車で移動中、近くの席の赤ちゃんが突然大声で泣きだし面食らった経験がある。ところが同じ車両に乗り合わせた年配の男性グループは泰然自若とした様子だった。10分ほども泣いただろうか、母親に抱かれた赤ちゃんが下車し静寂が再び訪れると男性の1人がつぶやいた。「やんちゃだなあ」。グループ全員が破顔した。

 男性たちにとって泣きやまなかった赤ちゃんは見知った存在ではなかっただろう。泣いてむずかるわが子をあやした遠い昔に、思いを巡らせていたのかもしれない。子どもを持つ身となって以来、何度もよみがえる記憶である。

 「冷蔵庫ひらく妻子のものばかり」(辻田克巳「昼寝」)。今日は父の日。母の日に比べ世間の認知度が低いことは否定すべくもないだろう。それでも父親にとって数少ない表舞台となる。わが子の産声が福音に思えたあの時を、もう一度かみしめてみようか。

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風土計 6/18

 一関市の広報誌に父の日の由来が載っていた。米国で始まった記念日で、苦労して6人きょうだいを育ててくれた父に感謝の気持ちを表すためある女性が教会に働きかけた。

日本に伝わったのは1953年ごろだ。6月第3日曜日なのは日本、米国などで、ドイツは復活祭の39日後の木曜日(早ければ4月30日、遅ければ6月2日)、ロシアは「祖国防衛の日」の2月23日といった具合に国によって違う。

先ごろ同僚の父親と話をした。別れ際に「息子のことをくれぐれもよろしく」と頭を下げられ恐縮した。逆の立場だったら自分も同じことをしただろう。男親の愛情表現は不器用なものだ。

親とはありがたいものだと思った。もっとも子からしたら「余計なお世話」なのかもしれないが。一人前になったようでも、親にとって子どもはいつまでたっても子どもなのだ。

同市出身で2年前に亡くなった作家内海隆一郎さんの随筆集「父から娘に贈る『幸福論』」(主婦と生活社)には、子どもの幸せを願う気持ちがあふれている。執筆理由は「わたし自身いつ娘を遺(のこ)して去っていくことになるかもしれないからだ」という。

「親は子より先に逝く定め」ということだろう。高価な贈り物などしなくても、元気に暮らしている姿を見せること、親より長生きすることが一番の親孝行なのかもしれない。

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天鐘(6月18日)

 何かと他県の後塵(こうじん)を拝すことの多い青森県だが、東北6県で初めて導入したものもある。戦後に米国発祥の習慣として日本へ伝わり、少しずつ知られるようになった「父の日」もその一つ。

県教委と婦人団体連合会が毎年6月の第3日曜日を父の日と定め、父親に感謝する行事を行うと決めた。1957年のことで、その年に県議会議事堂で行われた第1回父の日大会を小紙は大きく報じている。

記念作文入賞者の小中学生が約200人の出席者を前に作文を朗読。父親代表の知事や議長ら4人に感謝の花束が贈られ、子どもたちが歌や踊りを披露した。会場の父親たちは「気をよくした様子」だったという。

父の日は100年以上前に米国の女性の提唱で誕生した。男手一つで6人の子どもを育てた自分の父親に感謝し、「母の日があるなら、父の日も」と訴えた。それが共感を呼び、時の大統領まで動かした。

日本でも父の日は母の日に比べて普及に時間がかかった。今でも母の日ほど一般的ではない。父親たちが「母の日は1年で1日だけ。残る364日は父の日だ」と強がったところで、負け惜しみにしか聞こえない。

きょうは父の日。多くの家庭で父親をねぎらう言葉が聞かれるだろう。日ごろ存在感が薄くなりがちな父親にはうれしい日だ。同時に、父親が自らの役割と責任を果たしているのか、胸に手を当てて考える特別な日でもある。


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卓上四季 6/18

 きょう6月の第3日曜日は「父の日」だ。米国人女性の提唱で始まって1世紀余り。

父親にプレゼントを贈る人は4年連続で減っているそうだが、俳句の季語にもなっており、日本でもそれなりに定着してきたのだろう。そこで小学館「こども歳時記」で見つけた1句を。<父の日も/帰りがおそい/お父さん>。自分たち家族のために日夜、身を粉にして働く父親を思う心情が泣かせる。

政府は「働き方改革」の柱に長時間労働の是正を掲げる。父と子の触れ合う時間が少ないなんて、どう考えてもおかしい。企業と知恵を出し合って、早く実現してもらいたい。

「働き方改革」でもう一つ取り上げてもらいたいのが、単身赴任である。転勤辞令を受けても、教育の問題や親の介護など、さまざまな事情から家族一緒に任地に赴けないケースが増えているようだ。

「単身赴任が終わってやっと自宅に戻ることができると喜んだら、すでに子どもが巣立っていた」。以前、そんな嘆き節を聞いたことがある。転勤のない地域採用なども一部企業で始まったが、まだ手探り状態だ。家族と離れて暮らし仕事の能率が上がるとは到底、思えない。もちろん、人によって違うだろうが。

キリンビールが今年1月まとめた調査結果では、お父さんが初詣でお願いすることのトップは「子どもについて」だったという。家族はそろって暮らす。やはり自然である。

雨の語り口

南風録 6/17

 雨は雄弁な語り手だ。エッセイストの三宮麻由子さんが「雨の日の楽しみ」という一文を書いている。幼い時に視力を失い、音を聞き分ける感性は豊かである。

 晴れの日は無愛想なトタン屋根や路肩の空き缶が、雨粒があたると楽器になり、音を紡いで街の輪郭を浮かび上がらせる。特に梅雨のまっすぐな雨は細やかに語ってくれるという。降り方によっていろいろな音色を奏でると思えば、じめじめした季節も楽しく過ごせそうだ。

 だが、雨の語り口がいつも耳に心地よいとは限らない。気象庁が示す「雨の強さと降り方」によれば、時間50ミリを超えると滝のようなごう音が響く。車を運転中に激しい水しぶきで目の前が白っぽくなり、立ち往生した経験を持つ人もいるだろう。

 大隅半島は昨年の台風上陸で時間150ミリという記録的な大雨が降った地域もあった。雨音が大きくて、防災無線を聞き取れなかった住民もいた。この「降り方」は、息苦しいような圧迫や恐怖を感じるレベルだ。想像するだけで災害の不安にかられる。

 土石流などの大雨災害には、前兆現象が生じる。地鳴りなど聞き慣れない音が耳に入ることもある。過去の災害の貴重な教訓に違いない。

 この夏も多雨の予報が出ている。大隅には台風による流木や土砂が片付いていない河川もあり、少しの雨でも警戒は怠れない。雨の語り口に、じっと耳を澄ませたい。


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途中に信号が変わるのを待って
いた。頭上の傘に大粒の雨が降り注いでいる。あんまりう
るさく落ちてくるので、ふと、傘の天井あたりに内側から
掌をあててみた。 形からいうと手で傘を支えたような格
好である。そんなことをしたところで、雨が食い止められ
るはずもない。ところがそのとき、私は何か、とても不思
議な感覚を覚えた。掌に大きな丸いものがひっきりなしに
落ちてくる。まるで小人が掌の上で踊っているかのようだ
った。あるいは妖精たちが宝石をばらまいているとでもい
ったほういいかもしれない。
「雨粒だ」
その一瞬前まで、重苦しい音の圧力となって私の頭にのし
かかっていた雨が、突然、無邪気でかわいらしい粒々に姿
を変えて、掌の上で楽しそうに飛び跳ねている。それはま
さに、空が魔法の箱となって、恐ろしい雨をえもいわれぬ
滴の精に変身させた瞬間だった。  
(「雨の日の楽しみ」より)

4歳の時一夜にして視力を失い、<sceneless>(全盲) に
なったという三宮さんのエッセイを読むと、三宮さんは本
当によく見ているのだと、驚くばかりである。目の不自由
な方というのは、実は三宮さんのことではなくて、目に頼
って、ものを見ていない私たちのことだろう。

三宮さんは全国さまざまな所で講演をしている。中でも
学校で生徒を前に話をして、講演の後の質疑応答という
のを、楽しみにしているという。
あるとき三宮さんは一人の高校生から「もし、目が見える
ようになるといわれたら、晴眼者に戻りたいと思いますか」
と質問された。 大人には遠慮があって聞けない質問でも
晴眼者なら一度は聞きたい質問だろうと思っていたので、
とうとうこの質問が来た、と思って、三宮さんは即座に戻
りたいとは答えられなかったという。

会場はシーンと水を打ったように静まり返り、私が口を開
くのを待っている。私は決心すると、自分の深いところか
ら出てくるような声に心を預けて答えた。
「たしかに、目が見えたら、見てみたいものがたくさんあ
ります。さまざまな自然の姿や大好きな鳥たち、私を育ん
でくださる方々のお顔。でも反対に、たとえ見えるように
なれないと宣告されたとしても、かまわない気がします。
いつも見えるようになりたいと思っていなければいられ
ない人生より、見えなくて不便だけれど、これで十分幸せ
だっていえる人生のほうが、本当の意味で幸せでないかと
思うのです。いかがでしょう」
すると、その言葉が終わらないうちに、満場の拍手をいた
だいた。(「講演こぼれ話」より)

タワーリング・インフェルノ

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春秋 6/17

 超高層ビルには住みたくない。この映画を見た時、子供心にそう思った。1974年の「タワーリング・インフェルノ」。超高層ビル火災を描いたパニック映画だ

米サンフランシスコに完成した138階建ての超高層ビルで落成式のさなかに火災が起きる。電気系統から生じた小さな火は、あっという間に巨大な炎となってビルを包み込んだ。出口を求めて逃げ惑う人々。決死の救出作業を続ける消防隊員…。

火災の原因は経費を削るために行われた電気系統の手抜き工事だった。ビルの安全性を過信するオーナーが落成式の中止を渋ったことで避難が遅れ、大惨事となった。

タワーリング・インフェルノは「そびえ立つ地獄」という意味だ。ビルが炎に包まれるニュースの映像に、古い映画の題名が胸をよぎった。ロンドンで起きた24階建て高層住宅の火災。約120世帯が入居し、数百人が建物内にいたという。

住民が眠りに就いた未明の出火。窓辺で助けを求める声。炎に追われて飛び降りる人。この子だけは、と10階から赤子を投げた母もいた、と。まさに地獄だ。

くしくも、建物は映画が公開された74年の建造。老朽化対策は施されていたか。火災報知機やスプリンクラーが作動しなかったという証言も。住民らは以前から防火体制の不備を訴えていた。超高層ビルが象徴する人のおごりや油断、利益優先の安全軽視-。映画の警鐘は今なお重く響く。


野際陽子

鳴潮 6/17

 「姑(しゅうとめ)の涙汁」とは、ごくごく少ないことを言う。姑は、嫁への同情の涙をめったに流さないからだとか。江戸のことわざ集にある

 この川柳も同時代。<物さしを娵(よめ)へなげるはうつくしひ>。繕い物でもしていたのだろうか。物差しを、と言われて嫁に放り投げる。ひどい仕打ちである。こんな冷たい態度が美しいとは

 「江戸川柳便覧」(三省堂)を引くと、これにはちょっとした事情がある。物差しを手渡しすると仲が悪くなるとの俗信があり、それを知っていたから姑は投げた。愛情のこもった美しい情景である、と句は言いたいようだ

 姑に百景あり。ありきたりな演技になりがちの姑や母を奥行き深く表現し、芝居を引き締めたのが、俳優の野際陽子さんである。きりりとした格好よさを生涯失わずに逝った

 著書「70からはやけっぱち」(KADOKAWA)に、アゲハチョウの幼虫を育てたエピソードを記している。<蛹(さなぎ)になって、10日くらいで羽化し、一時(いっとき)娘の指に止まって羽ばたいた後、秋の青空に向かって勇んで飛び立っていきました>

 老いを意識する年齢になって、ますます小さな命に対する興味が強くなったという。「震災や原発、憲法のことなど最近は何だかおかしい」。戦争を経験した世代。全ての命をいとおしんでの発言なのだろう。旅立った梅雨の青空を見る。

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「逸郎」君

正平調 6/17

大分県のある洞窟で、探検ごっこをしていた小学6年生の「逸郎」君が壁に名を刻んだ。20年後。1983年の夏、それが発見されてちょっとした騒ぎになる。「旧石器時代の壁画か」と。

円満字(えんまんじ)二郎著「常用漢字の事件簿」によれば、「逸」の字が1万年前に滅んだオオツノシカの図に見えたらしい。なるほど、角と足があるようにも思えるが、逸郎さんの恐縮ぶりやどれほどだったかと同情する。

早とちりで夏の幻に終わった騒動には、おかしくも見果てぬ歴史へのロマンがある。比べてこの“探検ごっこ”はどうだろう。加計(かけ)学園の学部新設にからんで文部科学省でようやく見つかったという文書である。

「ある」と言えば、「ない」とかみつかれ、「出てきたぞ」とこちらで叫べば、「書かれているようなことはない」とあちらで首を振る人がいる。発見と否定の繰り返しで何が正しいのやらさっぱり分からない。

内閣府側が言ったという「総理の意向」。学園に有利な計らいとも読める「官房副長官の指示」。すべて記録のプロが刻んだ言葉だろう。それがまるで夏の幻とでも?

大分の洞窟には「槍(やり)を持つ人」の絵もあったが、よく見たら漢字の「使」だったそうだ。「総理の意向」はどこから見ても「総理の意向」である。

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珍しい名字の著者であるが、これは本名とのこと。

漢字をキーワードにした世相史という珍しいタイプの本である。『昭和を騒がせた漢字たち―当用漢字の事件簿』(2007年、吉川弘文館歴史文化ライブラリー)の続編に当る内容で、常用漢字表が施行された1981年から現在までに起きた様々な事件や出来事を、漢字という観点から捉えていく。

テレビドラマ「おしん」に漢字を覚えることの喜びを見出し、「かい人21面相」らの脅迫状に和文タイプからワープロへの進化を読み取る。新党さきがけの「魁」という漢字が何に由来するのかを推測し、漢字が読めないことで麻生元首相が批判されたことの問題点を指摘する。

1967年生まれの著者と私はほぼ同世代なので、リアルタイムに経験して来た事件が次々と登場する。著者の鋭い分析にも納得させられることが多かった。

昨年2010年に常用漢字表は29年ぶりに改訂された。この先、漢字をめぐって一体どんな事件が起きることになるのだろうか。