地球号

滴一滴 10/17

毎夜通る道で、頭上の樹木から「リーンリーンリーン」とアオマツムシの甲高い鳴き声が降ってくる。足元からはコオロギだ。「コロコロリー」とも、「リィリィリィ」とも聞こえる。長短の響きが重なり合う秋の虫たちの合奏である。

コオロギと日本人の付き合いは長い。古くは万葉集に登場する。そのころは秋に鳴く虫の総称で、マツムシやスズムシといった区別はなかった。平安貴族の間では捕ってきた虫を庭に放し、音色を愛(め)でることが流行したという。

江戸時代に庶民も竹細工の籠で手軽に飼うようになった。「虫と文明」(ギルバート・ワルドバウアー著)によると、始まりは中国の唐の時代だという。8世紀の書物には宮廷の貴婦人が金の籠に入れ、枕元に置いて夜に聞いたとあるそうだ。

何とも優雅な光景だが、中国では昔からコオロギを賭けの対象などの娯楽としても楽しんだ。「闘蟋(とうしつ)」と呼ばれる。

ネズミのひげなどで刺激して、オス2匹を闘わせる。強いあごが武器になり、王者は高値で売買された。小さな「闘士」に見る側の心も奮い立つのだろうか。

〈こほろぎの鳴く音やさしとおもふにも天体のひとつ地球のうかぶ〉上田三四二。優しい音色を聞き、天体の中で孤独に浮かぶ「地球号」に思いが飛ぶ。地上の小さな虫には、人の心を動かすそんな強さも備わっている。

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 昔から人が恩恵を受けている昆虫といえば、思い浮かぶのは絹が取れる蚕と蜂蜜を作るミツバチぐらいか。だが驚くなかれ、日用品から農業、医療、宝飾品と何から何まで人は虫のお世話になってきたという。昆虫を愛してやまない昆虫学者が、人と昆虫の深く長いかかわりについて語る。
 最高級の赤い染料はカイガラムシが原料。養殖を独占していたスペインは巨万の富を築いた。中東では今もアブラムシがお尻から出す甘露でお菓子を作る。いくつかの国では傷口をアリに噛ませて、そのあごを傷を縫い合わせるホチキスの代わりにした。興味深いのはタマバチが木に作るこぶで、これが黒インクの原料。この虫がいなければ何ひとつ記録を残せなかったわけだ。人類の歴史は虫のおかげで存在するともいえる。
 本書には日本文化の中の虫も登場する。虫を「利用する」西洋に比べ、蛍の幻想的な明かりや鈴虫の声を「愛でる」感性はやはり独特。昆虫の生態とともに虫をめぐる人の生活も生き生きと伝えて、優れた人類学の書ともなっている。
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