名残

正平調 10/17

西行法師は詠んでいる。〈面影の忘らるまじき別れかな名残を人の月にとどめて〉。あるいは曽根崎心中。男女が死地へと旅立っていく段は、〈この世のなごり、夜もなごり…〉で始まっている。

「名残」は「波残り」が短くなったものという。辞書には「もの事が過ぎ去った後、なおその気配が残っていること」「別れを惜しむこと」とある。余韻に美を見いだす言い回しはいかにも古風で日本語らしい。

そう思っていたら、似た表現が英語にもあることをこの小説に教えられた。原題は「ザ・リメインズ・オブ・ザ・デー」。今年のノーベル文学賞に選ばれたカズオ・イシグロさんの代表作「日の名残り」である。

長崎出身の英国人作家。書店の特設コーナーで手にとられた人も多いだろう。評論家によれば、作品には絶えず“遠い記憶の肌触り”なるものが描かれ郷愁を誘うそうだ。名残の文学、と呼べるのかもしれない。

「疲れすぎているのでございましょう…ずっと旅をつづけていたものでございますから」。「日の名残り」では夕暮れ時、老執事がそう言って泣くシーンがある。せりふの「旅」は「人生」とも重なって切ない。

遠い日の日本。ふるきよき英国。イシグロ文学に浸って名残の旅をする。そんな秋の夜長もいい。

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物語は1956年の「現在」と1920年代から1930年代にかけての回想シーンを往復しつつ進められる。

第二次世界大戦が終わって数年が経った「現在」のことである。執事であるスティーブンスは、新しい主人ファラディ氏の勧めで、イギリス西岸のクリーヴトンへと小旅行に出かける。前の主人ダーリントン卿の死後、親族の誰も彼の屋敷ダーリントンホールを受け継ごうとしなかったが、それをアメリカ人の富豪ファラディ氏が買い取った。ダーリントンホールでは、深刻なスタッフ不足を抱えていた。なぜなら、ダーリントン卿亡き後、屋敷がファラディ氏に売り渡される際に熟練のスタッフたちが辞めていったためだった。人手不足に悩むスティーブンスのもとに、かつてダーリントンホールでともに働いていたベン夫人から手紙が届く。ベン夫人からの手紙には、現在の悩みとともに、昔を懐かしむ言葉が書かれていた。ベン夫人に職場復帰してもらうことができれば、人手不足が解決する。そう考えたスティーブンスは、彼女に会うために、ファラディ氏の勧めに従い、旅に出ることを思い立つ。しかしながら、彼には、もうひとつ解決せねばならぬ問題があった。彼のもうひとつの問題。それは、彼女がベン夫人ではなく、旧姓のケントンと呼ばれていた時代からのものだった。旅の道すがら、スティーブンスは、ダーリントン卿がまだ健在で、ミス・ケントンとともに屋敷を切り盛りしていた時代を思い出していた。

今は過去となってしまった時代、スティーブンスが心から敬愛する主人・ダーリントン卿は、ヨーロッパが再び第一次世界大戦のような惨禍を見ることがないように、戦後ヴェルサイユ条約の過酷な条件で経済的に混乱したドイツを救おうと、ドイツ政府とフランス政府・イギリス政府を宥和させるべく奔走していた。やがて、ダーリントンホールでは、秘密裡に国際的な会合が繰り返されるようになるが、次第にダーリントン卿は、ナチス・ドイツによる対イギリス工作に巻き込まれていく。

再び1956年。ベン夫人と再会を済ませたスティーブンスは、不遇のうちに世を去ったかつての主人や失われつつある伝統に思いを馳せ涙を流すが、やがて前向きに現在の主人に仕えるべく決意を新たにする。屋敷へ戻ったら手始めに、アメリカ人であるファラディ氏を笑わせるようなジョークを練習しよう、と。

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