酸っぱいブドウ?

水や空 10/17

 豊かに実ったブドウを見つけたキツネ。だが、何度跳び上がっても枝の高い場所に手が届かない。悔し紛れに捨てぜりふを残して立ち去る。「あんなブドウ、どうせ酸っぱいに決まっている。誰が食べてやるものか」

世界で知られるイソップの「キツネとブドウ」のお話。どうやっても手に入らないから、その物事の価値を否定することで心の平安を-と試みる。英語圏では「サワー・グレープ」と言えば「負け惜しみ」のこと。

他紙にスクープを書かれた新聞記者の心理など、この典型例かもしれない。デスクに叱られながら言い訳を探す。「事実関係が少し違っているようです」「こんなに大きく載せる話じゃありませんよ」


これもよく似ている。日本が国連に提案を続け、多くの賛同を得てきた核兵器廃絶決議案が、7月に採択された「核兵器禁止条約」に直接言及していないことが分かった。

本来なら条約の旗振り役を果たすべきだった唯一の戦争被爆国は、決議案でも条約を黙殺すると決めたらしい。しかし、世界の潮流に後れを取りそうな今、真っ先になすべきは素直にその価値を見極め、流れを追い掛けること。

「条約は実効性が乏しい」-いつまで背を向け続けるつもりなのだろう。「ノーベル平和賞」...ブドウの味は飛び切りの折り紙付きだ。

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ある日、狐は、木の枝に這っている蔓から、熟したぶどうが一房垂れているのを見つけました。

ぶどうは今にも割れて果汁が出そうで、それを食べたくて眺めているうちに狐の口に唾が出てきました。

ぶどうの房は高い枝から下がっていて、狐はそれをとるのに跳びはねなくてはなりませんでした。

最初に跳ねたときははるかに手が届きませんでした。

そこでもっと離れたところまで歩いていって、助走して跳ねましたが、また届きませんでした。何度も何度もやってみましたが、だめでした。

そこで狐は座りこみ、うんざりしてぶどうを眺めました。

「おれはなんて馬鹿だ」と狐は言いました。「ぶどうをとろうとして、こうしてすっかりくたびれるなんてさ。口を開けてみとれる値打ちもない酸っぱいぶどうなのによ」

そうしてとてもとても嘲りながら去っていきました。


There are many who pretend to despise and belittle that which is beyond their reach.
手の届かないものをさげすみ、けなそうとする人はたくさんいます。

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