定年後

時鐘 9/18

 定年後(ていねんご)、60歳(さい)から80歳代(だい)半(なか)ばまでに自由(じゆう)に使える時間(じかん)は8万(まん)時間。これは20歳から60歳までの40年(ねん)間(かん)の総実労働(そうじつろうどう)時間より多(おお)いそうだ。自(みずか)らの経験(けいけん)も加(くわ)えてライフプランについて執(しっ)筆(ぴつ)している楠木新氏(くすのきあらたし)の著書(ちょしょ)「定年後」に紹介(しょうかい)されている。

もちろん個別(こべつ)にさまざまなケースはあるだろうが、多くの勤(つと)め人(にん)にとって、定年を境(さかい)に膨大(ぼうだい)な自由時間が待(ま)ち受(う)けていると考(かんが)えてよさそうだ。

楠木氏は定年後、無理(むり)に起(お)きなくなったことで、朝(あさ)目覚(めざ)めた時に夢(ゆめ)を覚(おぼ)えていることが多くなったり、誰(だれ)からも名前(なまえ)を呼(よ)ばれず唯一(ゆいいつ)呼ばれるのは病院(びょういん)の順番待(じゅんばんま)ちの時だけ…といったおかしくも悲(かな)しげな経験(けいけん)をつづっている。

現(げん)役当時(えきとうじ)の残像(ざんぞう)が頭(あたま)から薄(うす)れた後(あと)に押(お)し寄(よ)せる孤独(こどく)を、いかに前向(まえむ)きに転換(てんかん)させるか。言(い)うは易(やす)しだが、大都会(だいとかい)の退職(たいしょく)者(しゃ)が組(そ)織(しき)を離(はな)れると社会(しゃかい)とのつながりが少(すく)なくなるのに対(たい)し、地方(ちほう)では、農作業(のうさぎょう)や自治(じち)会(かい)役員(やくいん)など頼(たよ)れる存在(そんざい)として地域(ちいき)で歓迎(かんげい)されるという。

100歳以上(いじょう)の人生(じんせい)の先輩(せんぱい)が7万人に迫(せま)るご時(じ)世(せい)。一段(いちだん)と増(ふ)えそうな自由時間を生かすため、若(わか)いうちにこそ地方へ移(うつ)っておいでと言いたい。

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地軸 9/18

 生命保険会社を2年前に定年退職した楠木新(あらた)さんは、誰からも名前を呼ばれなくなったことに気付いた。病院で看護師に声を掛けられたのが、その年の唯一の機会だった。

 電話やファクスも自分宛てには来ない。「名前を全く呼ばれないということは社会とつながっていないということ」と、定年退職者の不安を「定年後」(中公新書)で吐露している。

 もちろん元気に活躍する人は多い。でも家に居づらい男性たちは居場所を探す。楠木さんは、開館直後の図書館で新聞を取り合う「小競り合い」や、スポーツクラブの掲示板の「ここは養老院か」という苦情を目撃する。将来のわが身を思い、やるせなくなる。

 「定年退職して、毎日家にいるのはやめてね」―妻の言葉に、東京新聞の清水孝幸さんは50代での「地域デビュー」を思い立つ。記者生活30年近く。飲み友達は同僚や取材相手ばかりで、近所に友人はいなかった。

 まず最初は地元の将棋サークルに入会、やがて飲み会に誘われた。趣味講座やイベント、ボランティア活動などにも参加して地域の人たちと交流。その体験を新聞で連載した。「男性は最初の一歩がなかなか踏み出せない」と清水さん。記事に触発され、地域デビューを果たした読者もいたそうだ。

 定年後の自由な時間は、定年前の総労働時間に匹敵するという推計もある。今日は敬老の日。随分長くなった「老後」をどう生きるか、思いをはせる。
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