ろう細工の料理見本

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 先日すき焼きのことを書いた際に、引用した本にあった逸話。著者の大塚滋氏は食文化に詳しくユーモアに富んだ文章で「たべもの文明考」など多数の本を書いてきた人だ。

 日本にやってきた外国人の食通をレストランに案内した時のことという。外国人が店の前の陳列ケースの中の「ろう細工の料理」の見本を熱心に見ているので、大塚さんが「どれにするか」とたずねると、なぜだか、ひどく感心した様子で「ビフテキ」を指さした。

 そうかビフテキが食べたいのか、と思い、レストランの中へ入るように促すと、その外国人は、いやいやと首を振りながらこう言ったという。「いや、わたしが欲しているのはこの(見本の)料理だ。おみやげに持って帰りたいんだ…」。

 宮崎市江平東1丁目の江平四ツ目食堂で店主の大西達夫さんが殺害された事件の発覚から今日で1週間。大西さんが頭から血を流して倒れているのを来店した客が見つけ、後に死亡が確認された。県警は強盗殺人事件として犯人を追っているが逮捕はまだである。

 職場から図書館に行く途中、食堂前に立ち止まってろう細工の見本を眺めるのがわが長年の習慣だった。店の長い歴史を物語るような、ちょっと煤(すす)ぼけた感じのカレーライス、オムライスたちが並んでいてなぜか昭和が懐かしくなった。

 発生場所を聞いて耳を疑ったのはぶっそうな事件とは無縁そうなレトロ感あふれる老舗のたたずまいを知るゆえだった。朝夕、小学生も含めて多くの人が行き交う一帯。ろう細工のような精緻な捜査が実を結び事件が解決することを望む。
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