見事な危機対処心得

中日春秋 9/16

一九四〇年の秋、ロンドン郊外の名門リッチモンド・ゴルフクラブのコース上に、爆弾が落ちた。ドイツ軍がロンドンを盛んに空襲していた時のことだ。クラブでは早速、こんな特別ルールをつくった。

<競技中に銃撃や爆弾投下があった場合は、罰打なしでプレーを中断し、避難することができる><爆弾の爆発によりストロークが影響を受けた場合、同じ場所から一打罰で打ち直すことができる>

空襲で「ゴルフなどしている場合か」となっては、脅しに屈するようなもの。平気な顔で日常生活を続けようではないか…との姿勢を示したのだ。

きのうの朝は、大騒ぎであった。テレビは「ミサイル」ばかり。日常生活を丁寧に生きることの素晴らしさを描いたNHKの連続テレビ小説『ひよっこ』も、吹き飛ばされた。

北朝鮮がミサイルを発射しているのは、ある種の恐怖戦術だろう。電車は止まり、各地で避難訓練が行われ…という姿を見て喜ぶのは誰か、という気もしてくる。

英国の名門イートン校はかつて、生徒手帳にこういう「爆撃・爆破警報が出た場合の対処法」をのせていた。(1)建物が近くにある場合、ただちに中に退避せよ (2)室内にいる場合、飛散するガラスを避けるため窓を開け、カーテンを閉めよ (3)運動場にいる場合は、競技を続けよ。現実的で、ユーモアも忘れぬ。見事な危機対処心得ではないか。

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【コラム】筆洗 (中日新聞の東京版)

2014年6月14日東京新聞TOKYOWeb

英国の名門イートン校の生徒手帳にはかつて、こんな心得が記されていた。「爆撃・爆破の警報が出た場合の対処法 建物が近くにある場合は、すぐ中に退避せよ。室内にいる場合は、飛散するガラスを避けるため窓を開けカーテンは閉めよ。運動場にいる場合には、試合を続行せよ」

さすがはサッカーやラグビーなど雨天決行のスポーツを生んだ国。いったん試合に臨めば、それこそ雨が降ろうが槍(やり)が降ろうが闘いに集中せよということか

名作『一九八四年』などの作者ジョージ・オーウェルもこの名門校の卒業生で、こんな言葉を残している。「スポーツの真剣勝負とは、銃撃なき戦争だ」。その銃撃なき戦争が、時として銃撃を止める力を持つ。

ついに開幕したサッカー・ワールドカップで、あす日本代表が初戦を戦うコートジボワールは、長く宗教や地域対立が複雑に入り組んだ内戦に苦しんできた。同国代表が初のW杯切符を勝ち取った時、ドログバ選手は和平への思いを語り、国民の心を動かしたそうだ。

「私たちはこの国の人々がともに生き、同じゴールに向かいプレーできることを証明した。次は皆さんがやってみせてください。武器を置いてください」

直径二十二センチほどのボール一つが、直径一万二千七百キロの惑星の人々の目をくぎ付けにし、心を動かす。宇宙人が見たら、不思議な球に見えるに違いない。

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世界中の紳士のお手本たるイギリス人は、
例え何が起こっても慌てず騒がず落ち着いて行動しなければいけません。

イギリスのとある老舗ゴルフクラブでは
「もしゴルフのプレー中に爆撃が始まったら」というユニークなルールが定められています。

ロンドン近郊にあるリッチモンド・ゴルフ・クラブは1891年に創立され、
現在も運営が続く老舗のクラブ。
第2次世界大戦が勃発し、ドイツのイギリス爆撃が激化した1940年8月のある夜、
とうとうゴルフ場に爆弾が落ち被害が出てしまいました。
普通なら営業を見合わせ疎開してしまうところなのですが、そこはイギリスの紳士たち。
ユーモアのセンスと反骨っぷりがひと味違いました。
「爆撃の際の暫定ルール」と題し、以下の特別ルールを採用したのです。


1.芝刈り機の破損を防ぐため、爆弾や榴弾の破片の回収をお願いします
2.競技中の銃撃・爆撃の際、プレイヤーはプレー中断のペナルティなしで隠れることができます。
3.遅延作動式の爆弾の落下した場所は赤旗でマークされます。
 安全と考えられる距離に立てられますが保証はありません。
4.フェアウェイやバンカーに落ちている破片がボールからクラブの長さ以内の距離にある場合、
 それをペナルティなしで取り除くことができます。
 その際ボールが動いてしまってもペナルティはありません。
5.敵の攻撃によりボールが動いてしまったり、紛失・破壊されてしまったときはペナルティなしで
 ドロップ(拾い上げて打ちやすい場所に落とす)できます。
6.爆撃によるクレーターにボールが落ちた場合、ボールとホールを結んだ直線の、
 ホールより遠い側にドロップできます。
7.ショットと同時に爆弾が破裂しショットが邪魔された場合、
 同じ場所から1打ペナルティを加算してショットできます。


当時はまさにバトル・オブ・ブリテンの真っ最中にも関わらず
「ドイツの空襲?知らんね?」と言わんばかりの堂々っぷり。
イギリス中の新聞がこのルールを取り上げナチスドイツを批判するとともに、
激しい空襲にさらされていたイギリス中の人を勇気づけたようです。
さて、この話には続きがあります。時のナチスドイツの宣伝相ゲッベルスが、
このルール追加をネタにしてイギリスへの宣伝放送でこうブチ上げました。

「イギリスの気取り屋どもは、こうしたバカげたルールの改変を宣伝し、
 偽りのヒロイズムを英国民に植え付けようとしている。
 そもそもゴルフをプレーするのに危険はない。
 なぜならドイツ空軍は目標を軍事的に重要な施設に限っているからだ」


これに対するリッチモンド・ゴルフ・クラブのコメントは、
自身の歴史を解説するページで一言だけ。
「すなわち私どもの洗濯小屋が軍事施設として認められたということであります」

これぞジョンブル。実にクールですね。
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