三すくみ

(ガマの妖術)市川猿之助の天竺徳兵衛

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 映画やテレビ、ましてインターネットなどなかった江戸時代、芝居見物は庶民にとって最高の楽しみでした。娯楽のあふれる現在でも、歌舞伎の舞台を見ていると、究極のエンターテインメントを目指した当時の芝居関係者の心意気を感じることができます。超常現象を舞台上でどう見せて客をあっと言わせるか、作者や裏方たちは、日夜工夫に明け暮れていたのです。
 「東海道四谷怪談」で知られる四世鶴屋南北は遅咲きの狂言作者でした。50歳で書いた出世作「天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべいいこくばなし)」の初演は1804(文化元)年7月の江戸・河原崎座でした。客入りの悪い夏場を乗り切ろうと、小屋主が座頭の初代尾上松助に出演を頼み、松助の指名で南北が初めて新作を書いたのです。芝居は、さまざまな仕掛けをほどこした「ケレン」と呼ばれる演出が評判を呼んで大当たりとなり、主役の徳兵衛を演じた松助は、毎夏の盆狂言で上演される怪談ものには欠かせない人気役者となりました。
 天竺徳兵衛というのは、江戸時代初期に実在した商人です。少年時代から朱印船に乗ってベトナムやシャム(タイ)に渡航、さらにオランダ人ヤン・ヨーステンと天竺(インド)に渡ったことから「天竺徳兵衛」と呼ばれるようになりました。鎖国令が出された以降は見聞録を書き、珍しい異国のありさまを伝えています。死後、歌舞伎や浄瑠璃に取り上げられた徳兵衛は、キリシタンと結びつけられ、ガマの妖術を使って日本転覆を志す悪人として描かれました。ご本人には気の毒ですが、鎖国下の人々には「キリシタン=妖術使い」という怪しいイメージがあったのでしょう。
 南北の名を世に知らしめた「韓噺」は、徳兵衛を描いたさまざまな先行作を集大成した芝居です。屋体崩しの屋根の上に、火を噴く大ガマに乗って現れ、舞台上の池の水に飛び込み、すぐに裃(かみしも)を着た使いに化ける早替わりを見せるなどで人々をあっと驚かせました。水中の早替わりがあまりに鮮やかなので、「キリシタンの妖術を使っているらしい」といううわさが江戸市中に広まり、奉行所の役人が調べに来る騒ぎとなって、それがまた人気に火を付けました。実はそのうわさは、芝居関係者がわざと広めたのだそうで、あざとい宣伝は江戸の昔も今と変わらないようです。
 天竺徳兵衛の正体は、朝鮮国王の臣下、木曽官(もくそかん)の息子大日丸。日本に潜入して吉岡宗観と名を変えていた父からガマの妖術を譲り受け、切腹した父の思いを受け継いで日本転覆を目指します。奇想天外、荒唐無稽なお話ですが、序幕では、厚司(あっし)という蝦夷(えみし)模様の入ったエキゾチックな衣装を着た徳兵衛が、珍しい異国の話をするのが見どころです。天竺の話ですが、ここは当て込みで現代の話題を話してもいいというのが歌舞伎の約束で、オバマ大統領やワールドカップなどの話も出てきます。
 次の見どころは追っ手に取り囲まれた徳兵衛が、ガマに乗って大屋根に現れる大スペクタクル。その場を逃れた徳兵衛は、今度はガマに変身して水門に現れ、立ち回りを演じます。花道でガマのぬいぐるみを脱ぎ、元の姿に戻った徳兵衛は六方を踏んで花道を引っ込むのですが、主役がぬいぐるみを着て出るのも歌舞伎では珍しい演出です。大詰めでは、座頭に化けた徳兵衛が現れて木琴を演奏しますが、正体を見破られると水に潜って姿を消し、すぐに上使の姿に変わって現れる早替わりを見せます。
 動物を使った妖術というと「伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)」の悪役、仁木弾正が使うネズミの妖術などが知られていますが、ガマの妖術が広まったのは「天竺徳兵衛」以降のことで、絵双紙などに盛んに描かれました。幕末に人気を集めた「児雷也」は、主人公の児雷也がガマの妖術を使って活躍する話で、現代のマンガにも影響を与えています。舞踊劇「将門」に登場する平将門の娘、滝夜叉姫は、筑波山でガマ仙人から妖術を授かり、大宅太郎光圀と戦う幕切れで、屋体崩しの中を大ガマとともに現れます。
 ガマ仙人は中国由来の伝説ですが、キリシタンと結びつけられたのは、近松門左衛門が天草四郎をガマの妖術使いとして描いたのが始まりのようです。徳兵衛はガマの妖術で「南無さったるまグンダリギャ、守護聖天、はらいそはらいそ」と呪文を唱えますが、これはキリシタンの祈とう(オラショ)から来たのだと言われています。ガマの妖術は、巳の年月日時刻のそろった女性の生血で破れますが、ガマと蛇は相争う関係で、こうした話は数多く残されています。
 「天竺徳兵衛韓噺」は、松助から養子の三代目尾上菊五郎に受け継がれ、音羽屋(菊五郎家)の家の芸となりました。これとは別に、二代目市川猿翁(三代目猿之助)が別の怪談話を加え、宙乗りやつづら抜けなどケレンを増やした「天竺徳兵衛新噺(いまようばなし)」を近年上演し、当代の猿之助にも受け継がれています。


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中日春秋 8/16

紙、はさみ、石ではなく、江戸期に蛇、カエル、ナメクジのじゃんけんが流行したのは歌舞伎「天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)」の大当たりによる。芝居に出てくる大ガマが評判になった影響と聞く。蛇はカエルにカエルはナメクジに勝つ。最も弱そうなナメクジは蛇を溶かし勝つ。三すくみの関係が成立し、じゃんけんとなる。

東京タワーにほど近い、東京都港区の宝珠院。このお寺にその三すくみの蛇、カエル、ナメクジがいる。といっても石像や彫刻でそれぞれが、にらみあっている。

どうも不思議である。「三すくみ」と聞けば、物騒なにらみ合いを思い浮かべ、あまり、ありがたいものには思えぬが、お寺の見方は違うらしい。

三すくみであろうとにらみ合いであろうと物事が動かぬ状態は平和ではないか。そういうお考えである。なるほど。内心ではどう思っていようと動きさえしなければ、最悪の事態には発展しない。

三すくみではないが、にらみ合う米朝にこちらはすくむばかりである。攻撃すれば、待つのは反撃であろう。お寺の「三匹」が意を決しそれぞれに飛びかかったらを想像するまでもない。

ミサイル発射をちらつかせ、強気一辺倒だった北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が十四日、やや軌道修正し「米国の行動を見守る」と発言した。決して楽観はしない。だが、その言葉が、賢き「すくむ」の兆しであることを願う。
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