難民選手団

20170714055613836.jpeg


イエーシュ・ピュール・ビエル、21歳、南スーダン出身、陸上男子800メートル

イエーシュ・ピュール・ビエルは人生で成功したければ、自分自身で成し遂げなければならないだろうことを、早い段階から知っていました。2005年にスーダン南部の紛争から逃れることを余儀なくされ、彼は結局自分でケニア北部にある難民キャンプにたどり着きました。彼はそこでサッカーをはじめましたが、多くをチームメイトに委ねなければならないことにフラストレーションを感じるようになりました。走ることでは、彼は自分の運命をよりコントロールできると感じました。

「私たちは皆、たくさんの困難に直面しています」とイエーシュは語ります。「難民キャンプにはなんの設備もないのです。靴すらありません。ジムもありません。日が昇ってから夕方まで、晴れていてとても暑いので、気候すらトレーニング向きではありません。」
「私は難民の仲間たちに、人生には機会も希望もあるということを示すことができます」

けれども、彼はやる気に満ちています。「私は故郷の国、南スーダンのことを気にかけています。なぜなら変革を起こすのは我々若い世代だからです」と彼は言います。「そして2つ目には、両親のことを気にかけています。彼らの生活を変える必要があるのです。」
リオ五輪で陸上800メートルの競技に参加することで、各地にいる難民のための大使になれるかもしれない、とイエーシュは言います。「私は難民の仲間たちに、人生にはチャンスも希望もあるということを示すことができます。教育を通じて、そしてマラソンでも、世界を変えることができます。」

…………………………

中日春秋 7/14

イエーシュ・ピュール・ビエルさん(22)は、リオ五輪で一つの夢をかなえた。出場した陸上男子800メートルでは予選最下位。しかし、選手村にいた彼にある朝、一本の電話がかかってきた。

彼の母国・南スーダンでは内戦が続き、故郷の村も戦闘に巻き込まれた。ビエルさんは家族と離れ離れになり、隣国の難民キャンプに逃れ、十歳からひとりきりで生きてきた。

だが、「難民選手団」の一員として彼がリオ五輪に出ていることを知った母が、援助機関に頼んで国際電話をかけた。生きているかどうかも分からなかったお母さんの声を、聞くことができたのだ。

国際オリンピック委員会が、東京五輪にも「難民選手団」を参加させる方針を確認したという。ビエルさんも「東京で世界記録樹立を」と意気込んでいるそうだが、気になるのは、この国が難民にどれだけ門戸を開いているかだ。

昨年は一万人を超える人々が難民認定を求めたが、政府が認めたのは、わずか二十八人。認められなかった人が異議を申し立てた場合は、法相に任命された有識者らが審査するが、この審査で「難民相当」と認められた人ですら、法相が「不認定」で押し通すことも多いというから、ほとんど「開かずの門」である。

門を閉じたままで、三年後の東京五輪を迎えるのか。それで、「難民選手団」が躍動する姿に、心から拍手を送れるのだろうか。
関連記事