黒星

天地人 7/9

 くやしいという気持ちでなく、もう一生こんなに勝つことはないだろうというさびしさが襲った-。1987年に28連勝を達成した将棋のプロ棋士・神谷広志八段は、連勝がストップしたときの感想を、そう言っていたとか。

 青野照市九段が、著書「プロ棋士という仕事」(創元社)に書いている。負けたくやしさよりも、さびしさが先に立つ。28連勝という記録が、いかに到達困難な高みにあったかがうかがえる。その大記録を、中学生棋士の藤井聡太四段が先月、塗り替えた。プロデビューして、わずか半年の快挙だった。

 神谷八段のコメントがなんともあたたかかった。「将来のスーパースターと一瞬でも肩を並べることができて光栄です」。将棋界にとどまらず、幅広い層の注目を集めた14歳の快進撃。すがすがしい風が吹きぬけたようだった。

 藤井四段は先週、若手実力者の佐々木勇気五段と対局。「負けました」と小さな声で告げ、ペコリと頭を下げた。記録は29でストップ。「完敗でした」と静かに語ったが、くやしさ、さびしさ…プロ初黒星はどんな味だったか。

 黒星を喫した後の初対局が先日あり、藤井四段はみごとに勝利を挙げて、再スタートを切った。長い棋士人生は始まったばかり-と、先月引退した加藤一二三・九段がエールを送っていた。新星はきっとまた、新たな風を吹き起こしてくれるだろう。
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