78651

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中日春秋 7/4

フランス政府の閣僚や欧州議会の議長を務めたシモーヌ・ベイユさんは、要職にある者として起工式で礎石を置くたびに、その手に、ある感触を思い出したという。

彼女は十六歳の時、家畜運搬用貨車で、母国からアウシュビッツの収容所に送られた。腕に入れ墨で、「78651」という番号を刻まれた瞬間、こう思ったそうだ。「私たちはもう人間ではなく、家畜にすぎない。入れ墨は消えない」

ユダヤ人を「効率的に処分」するために、収容所内の鉄道の引き込み線をガス室まで延ばす土木工事に駆り出されたこともある。石を積み上げ、収容所に壁を造る仕事をさせられたこともある。その作業の感触が手に残っていたのだ。

シモーヌさんは父と兄、母をナチス・ドイツに奪われた。強制移送されたフランスのユダヤ人は七万八千。生き残った二千五百人の一人として、彼女は体験を語り継ぎ、政治家として欧州統合のために働き、こう語った。

「言葉の上で和解することは簡単です。でも、それが効果を持たないことは歴史が示す通りです。後戻りすることのない和解を実現するにはどうしたらいいか。それには、一緒に事を進める仕組みをつくること、つまり関心や利益を共有する体制を築く以外にないのです」

シモーヌさんは先日、八十九歳で逝去した。78651と刻まれた腕で、平和の礎石を置き続けたのだ。
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