百六歳の不良少女

中日春秋

【不良】…「質・状態がよくないこと。また、そのさま」。「品行・性質がよくないこと。また、その人」。字引は実にさっぱりとしたものである。

されど、その人は【不良】の中に字引では説明されぬ価値を見ていたのか。不良と呼ばれることを宝物のように考えていた。「百六歳の不良少女」。俳人の金原(きんばら)まさ子さんが亡くなった。

高齢の俳人として注目を集めたが、その作風は年齢による落ち着きや柔らかさとは無関係でもあった。<エスカルゴ三匹食べて三匹嘔(は)く><菜の花月夜ですよネコが死ぬ夜ですよ><百万回死にたし生きたし石榴(ざくろ)食う>

独特の感性と世界観は読み手の心をざわつかせた。百歳を超えても俳句というナイフを強く、鋭く振り回し続けていた。そんな印象がある。

幼い子を自分の過ちで亡くした過去がある。夫の家出と自分の不貞についても告白している。波高い人生の間に積み重なった悲しみや人間のどうしようもなさ。そのハイクツクリは人の「不良」な部分を受け止め、愛(いと)おしいとさえ思っていたのだろう。その心持ちがぷんと人間の臭いがする不思議な句に刻まれていた。

「いい人は天国へ行けるし わるい人はどこへでも行ける」。句集「カルナヴァル」(草思社)の中に、こんな言葉があった。もちろん天国には行ける。だが、少女はおそらく、そこだけにとどまってはいないだろう。


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金原まさ子(102歳)句集『カルナヴァル』

金原まさ子さん(「草苑」から現在は「街」に所属)が句集を出された(草思社、平成25年2月)。102歳の第4句集である。「カルナヴァル」はカーニバルのこと。帯に池田澄子がこう書いている。

  102歳の悪徳と愉悦。健気に淫らに冷静に。言葉を以てこんなに強くエレガントに生きることができるなんて!


008 ひな寿司の具に初蝶がまぜてある
009 ヒトはケモノと菫は菫同士契れ 
011 我肉を食べ放題や神の留守   
014 身めぐりを雪だか蝶だか日暮まで 
018 前へ向いて後ろへあるく海鼠かな  
022 衆道や酢味の淡くて酢海鼠の    
028 緋縮緬のたふさぎなんてわらわせる 
029 エスカルゴ三匹食べて三匹嘔く   
030 バージンオイルで螢はかるく炒めなさい 
031 炎天をおいらんあるきのおとこたち 
035 蟇またぐときごうごうと耳鳴りが 
055 中位のたましいだから中の鰻重  
059 いちじく裂く指を瞶(み)られてはならぬ
078 深夜椿の声して二時間死に放題  
081 ときどき叫びつくしんぼ摘む女  
085 熊の掌のスウプ啜るに内股で   
092 青鮫が「美坊主図鑑」購(か)いゆきぬ 
093 男色大鑑(なんしょくおおかがみ)月光でびしょ濡れよ
096 鶏頭たち深い話をしておるか   
119 秋は輿に乗ってセレベスのひと乗せて 

金原さんの俳句歴に鑑みると、有季定型派なのだが、ここに掲げた20句のうち、厳密な意味で有季定型と言えるのは、008、011、022、092の4句である。もっとも上六や下六や中八をも許すとすれば、もっと定型は増える。逆に、非定型と言えるのは、009、078、093の3句である。がしかし、これとてリズム感は決して悪くない。彼女には破調はあるものの、リズムを大切にする作家であると言えよう。

有季か無季かについては、もちろん有季句がほとんどだが、無季句とも思えるのが、028、029、085である。「たふさぎ」は「褌」だから、夏かも知れないし、「エスカルゴ」は蝸牛だから、夏なのだろうが、食材の蝸牛となると、季語としては如何なものかと思い、私の分類では無季に入れた。「熊」は一般には冬の季語だが、「熊の掌」と言われると、前記同様季語とは認めたくない思いがする。季語の本情に拘らないこれらの使い方が、金原俳句の一つの特徴であるようだ。まさに現代の談林である。私自身は、季語のこのような使い方を痛快だとすら思っている。
談林といえば攝津幸彦を思い出す。金原さんの句柄も摂津に近い。なお、攝津幸彦と言えば、「俳句は文学でありたい」と言った人だった。

全句集を通して句の形を統計的に言えば、次の通りであった。
   厳格な有季定型     68句   33%
   無季と看做しえるもの  15     7
   ごく軽い破調のもの    87    42
   軽い非定型的なもの   25    12
   非定型的なもの      23    11

区分けは多分にして私の主観が入るのだが、金原俳句は、形の上では、非定型と若干の無季句を含むもののようであるが、リズム感は確かである。

句の形はさておき、俳句にとってより重要なモチーフや内容的にはどうだろうか? お気づきだろうが、上記の例句の通り、尋常ではない。簡単なキーワードで彼女の句の中味を表現すれば、
   一見気味悪く反道徳的と思えることやものの持つ妖しげな美しさ
   奔放な価値観を以ってエロスや男色に切り込む姿勢
   難解で主知的なイメージの飛躍が織り成すシュールな世界
   絵画的で猟奇的な美を描く現代的俳句
といった言葉が浮かぶ。これが102歳の彼女の詩性なのである。

この句集を読んで、私は金原さんに色々なことを教わりたくなった。私の鑑賞力が及ばない難解句が多いのである。彼女にうかがえば解きほぐして戴けるのではないだろうか、と思うのである。だから、私は「『カルナヴァル』を読むための副読本」を編みたくなったのである。ただ単に奔放な遊びごとではない、何となくそうなってしまっているものごとへの批判や皮肉を、その作品からの直喩や深い暗喩を通して、より深く感じ取りたいのである。

なお、現代俳句協会の講演会で、幹事長の前田弘氏が、彼女の作品を紹介していたし、「週刊俳句」の上田信治氏も、金原さんとのインタビュー記事を掲載している。
彼女のエッセイ『あら、もう102歳』(草思社)からは、彼女の天衣無縫ぶりが分って面白かった。

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