司馬さんの原稿

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水鉄砲 6/27

 朝日新聞社に在職当時、司馬遼太郎さんの原稿を一度だけ目にしたことがある。当時、親しくしていた司馬さんの担当記者から「これが生原稿ですよ」といって見せてもらったのだ。

 驚いた。最初の原稿は10行、200字分の用紙に3行から4行分。それがフェルトペンで何度も修正されていた。ペンの色は赤、青、茶色。たしか緑もあったように記憶している。少なくとも3度、場合によっては4度、自身の原稿に手を入れられた痕跡である。

 「最初の原稿は3行、60字でも、手が入った後で整理すると、大体200字になるんです」と担当者から聞かされ、また驚いた。これぞ名人芸、と感動したことを覚えている。

 思うに、第一稿は当初の構想に従って一気に書き上げる。その後、いったん頭を冷やして原稿を見直し、言葉の適否、表現方法などを丁寧に推敲(すいこう)する。その苦闘を物語るのが色の異なるフェルトペンの跡である。

 先日、司馬さんの代表作の一つ「竜馬がゆく」の最終回と「坂の上の雲」第1回の自筆原稿が見つかった。本紙や全国紙が伝える写真で推敲の跡も生々しいその原稿を見て、思わず当時のことを思い出した。

 こういう身を削る作業を通じて、読者を感動させ、その生き方にも影響を与える作品が生まれる。その一言一句が胸に突き刺さる。昨今、政治家や高級官僚が保身のためにまき散らしている薄っぺらな言葉とは、対極にある。 

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