あらない

北斗星 6/17

 のっけから国語の勉強みたいで恐縮ですが、動詞の「鳴る」「貼る」の否定形は、それぞれ「鳴らない」「貼らない」。ならば「ある」の否定形は「あらない」ではないのか―と追究した国語研究者がいた

文法の研究に用例集めは欠かせない。この研究者も「あらない」を使った例を探したものの、江戸時代の文献までさかのぼっても、ない。そもそも存在しない表現なのだと確信したその時、もっと古い文献で1例だけ発見した。

研究者はさらに検討した末に「誤用」と判定し、専門誌に論文を発表した。タイトルは「『あらない』はあらない」だったと記憶する。事実や現象が「ない」ことを証明するのが、どれほど大変なことなのかを教えられた。

文部科学相が一度は「存在が確認できない」としていた加計(かけ)学園関連の記録文書が、再調査によって見つかった。前事務次官が存在すると証言していた文書である。やっぱりあったじゃないか、というのが大方の受け止め方だろう。

もし再調査しなかったら、ある文書がないことで終わっていたかもしれない。真実がどのようにして隠蔽(いんぺい)されるのかを教わった気分だ。早々に「怪文書みたいなもの」と切り捨てた菅義偉官房長官の姿勢も問われる。

文法上「あらない」はないが、「見当違い」を意味する「あらぬ」という表現は使われる。加計問題の焦点は「総理の意向」の真偽や有無に移ったが、「あらぬ疑い」なのかどうか、きのうの国会審議では晴れなかった。
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