そもそも

凡語 6/14

 京都移転で何かと話題の文化庁に、国語課という部署がある。街角やネット上で日々交わされる日本語の変化をキャッチし、追跡する。年1回、国語世論調査として公表している。

「やおら」「姑息(こそく)」「噴飯もの」。本来の意味は順に「ゆっくりと」「一時しのぎ」「おかしくてたまらないこと」。ところが最近は「いきなり」「卑怯(ひきょう)な」「腹立たしくて仕方ない」の意味で使う人の方が多いそうだ。

「議論が煮詰まる」も解釈が割れる。意見が出尽くして結論の出せる状態か、議論が行き詰まった状態か。本来の意は前者だが、とてもそうは言えないのが今の終盤国会の状況である。

森友・加計問題も、「共謀罪」法案も、本質の議論は尽くされていない。矛盾を指摘されても認めようとしない政府・与党の強弁は見苦しく、このまま幕引きならそれこそ噴飯、との声も起きそうだ。どちらの意味でかは言うまでもない。

振り返れば共謀罪法案の審議では、首相答弁の中の「そもそも」という言葉に、どの辞書にも見当たらない「基本的に」の意味があるとする閣議決定までされた。あまりに大人げない、答弁内容の正当化だった。

堂々と子どもにも聞かせられる議論を国会には望みたい。でなければ文化庁には、政治の言葉こそ正してもらう必要がありそうだ。

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