充実

中日春秋 6/9

二年前に七十五歳で逝った詩人・長田弘さんに、「グレン・グールドの9分32秒」という詩がある。9分32秒とは、天才グールドがピアノで弾いた、ワーグナーの歌劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第一幕前奏曲の録音時間だ

<針がレコードに落ちるまでの、/ほんの一瞬の、途方もなく永い時間。/ワーグナーのおそろしく濃密なポリフォニーから/すばらしく楽しい対位法を抽(ひ)きだして、/響きあうピアノのことばにして、/グールドが遺(のこ)した/9分32秒の小さな永遠>

時間とは「一人のわたしの時間をどれだけ充実させられるかということでしか測ることができないもの」と、詩人は説いた。だから、時間をはかる単位は時分秒ではなく「充実」なのだと(『幼年の色、人生の色』)

そんな詩人が大切にしたのは、「時計の針で測る時間でなく、音楽で測る時間」。じっと聴き入り、時を忘れる濃密な時間である。

詩は続く。<芸術は完成を目的とするものではないと思う。/微塵(みじん)のように飛び散って、/きらめきのように/沈黙を充(み)たすものだと思う。/あらゆる時間は過ぎ去るけれども、/グールドの9分32秒は過ぎ去らない。/聴くたびに、いま初めて聴く曲のように聴く…/人生は、音楽の時間のようだと思う>

時分秒ではなく、「充実」という単位ではかる時間を持ちたい。あすは、時の記念日。



   グレン・グールドの9分32秒    長田 弘

白と黒の鍵盤で縁どられた

31センチ四方の紙のジャケットから

黒いLPレコードをとりだして

魂をとりだしてそこに置くように

小さなプレイヤーのターンテーブルの上に置く。

グレン・グールドが自身ピアノ曲にした

ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

第一幕への前奏曲。その曲だけは、

いまでもレコードで聴く。

最後の一枚です、と手書きで添書きされて、

いまはないレコードショップの棚に、

棚仕舞いの日まで置かれていたレコードだった。

針がレコードに落ちるまでの、

ほんの一瞬の、途方も無く永い時間。

ワグナーのおそろしく濃密なポリフォニーから

ばらしく楽しい対位法を抽きだして、

響きあうピアノのことばにして、

グールド9分32秒の小さな永遠。

芸術は完成を目的とするものではないと思う。

微塵のように飛び散って、

きらめきのように

沈黙を充たすものだと思う。

あらゆる時間は過ぎ去る

グールドの9分32秒は過ぎ去らない。

聴くたびに、いま初めて聴く曲のように聴く。

いつもチョウムチョロム(初めてのように)という

韓国のソジェ(焼酎)を啜りながら、聴く。

一日をきれいに生きられたらいいのだ。

人生は、音楽の時間のようだと思う。

…………………………

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「そのとき何を考えていたか覚えていなくとも、そのときそのときじぶんをつつんでいた時間の色あいは、後になればなるほど、じぶん自身の人生の色として、記憶のなかにますますあざやかになる。世界が色として現われてのこるのが、わたしたちが人生とよぶものの相ではないのだろうか。」「『灯りの下に自由ありき。灯りの下の自由は言葉なりき。』最初に手に入れた、首の曲がる、じぶんだけの電気スタンドの下で見つけてからずっと、いまも胸中にあるわが箴言です。」
「雨にけぶるブルーグラスの州ケンタッキーの、静かでうつくしい街レキシントンのショッピング・モールで、金いろにかがやいてゆっくりと回ってゆくメリー・ゴー・ラウンドを見ていたとき、ふっと抱いた一瞬の思いを、いまもまだ鮮明に覚えている。人生とよばれるものは、一周するたびに一つずつ歳をとってゆく回転木馬のようなものだと。」

場所と記憶、漢詩、アメリカ、ボブ・ディラン、クラシック音楽、猫や人との出会いと別れ……。詩人みずから最後に編んだ、この自選エッセー集は、晩年の仕事(Later Works)であるとともに、等身大の長田弘をよく伝える小さな一冊となっている。

目次

I 幼年の色、人生の色/むかし、霧積温泉で/少年のじぶんに出会う場所/言葉の川、言葉の橋/追分の油屋旅館のこと/アトクセターの市場の少年/京都という街の地図/ひそやかな音に耳澄ます/秋の「真景累ケ淵」

II ふみよむあかり/笑う詩人/市井ニテ珠玉ヲ懐クモノ

III 回転木馬のように/へそまがりの老人のこと/アメリカの旅の思い出/ホイットマンの手引き/二十一世紀の『草の葉』/コヨーテの導き/テポストランの鐘の音/この地球に初めてそだつ樹

IV はじまりは流浪の民/音楽で測る時間/時間の贈り物/奇蹟の音を追いかけて/天使の手品/チェロ・ソナタ、ニ短調/沈黙としての音楽/十二月の音楽/詩は眼差しのうちにある/小鳥たちとジャズ

V 「ねこに未来はない」/猫と蕎麦/猫の言葉をまなぶ/それにしても/遠い日の友人の死/人生の特別な一人に宛てて/福島、冬ざれの街で/じゃあね
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