子供は自然の中に居る

卓上四季 6/5

室生犀星の詩に「子供は自然の中に居る」がある。子供に目が怖いと言われ、優しい顔をして近づくと笑みがこぼれる。<神のあどけない瞬間を見たさに/きたない自分をふり落(おと)す為(た)めに…どんなにあの微笑が自分を慰めるか!/どんなにあのあどけなさが/自分を底の底まで温めてくれることか!>

幼いと思っていた子が自分の心を支えてくれる。時には大人よりも大きな存在に見えてしまう。犀星はそんな息子を病気のため、わずか1歳で亡くした。生き死にの順序が逆になった無情を恨んだ。野辺送りもできず、ただただ、たばこをかんで泣いたという。

この両親も明るく将来を語っていた娘を突然、亡くし胸が張り裂けそうだったに違いない。ピアニストを目指していた茨城県取手市の中3女子生徒の自殺である。

いじめを疑わせる日記を残していたにもかかわらず、市教委は当初「いじめによる重大事態には該当しない」と議決していた。ところが、文部科学省の指導を受けるやいなや、誤りを認めた。

教育長が両親に謝罪したのは記者会見の後だった。順番が逆だろう。学校でのいじめ事件で透けて見えるのは、大人たちの保身や事なかれ主義である。まなざしはどこへ向いているのか。

冒頭の詩はこう続く。<子供の前で嘘(うそ)は言へない/子供の前では恥(はず)かしいことだらけだ>。後ろめたさはないのか。大人は胸に手を当てて考えたい。

…………………………

子供は自然の中に居る

子供らは
何故に私の眼を怖がるか
あらゆる正しさに
善き教へになれてゐる
かれらは自分を見て怖がる
自分はそれを苦しむ

出来るだけ優しくならうとして
自分はおづおづ子供らに近づく
その魂に温められに行く
子供らは自分を見てにつと微笑する
あの大きな開け放した親密さに
しりじりと自分はつめよる
その正しさを感じたさに
神のあどけない瞬間を見たさに
きたない自分をふり落す為めに
あ! 思うても心は善良になる
心は清い羽ばたきをやる
どんなにあの微笑が自分を慰めるか!
どんなにあのあどけなさが
自分を底の底まで温めてくれることか!

子供の前で嘘は言へない
子供の前では恥かしいことだらけだ
子供は自然の中に居る
子供らはいつも私共を了解するやうに
私共をすつかりのみ込んでゐるやうに
正面から静かに私共を眺めてゐる
やさしい正実で
花のやうな叡智の潜勢で
ああ 寛大で
みなぎり切つた大きな微笑!
とてつもない自由な新鮮!

お! 此のよい子供らは
私の顔を怖がつて泣くのだ
けものに遭つたやうに怖がるのだ
なぜに私が怖いのだ!
自分は過去で苦労をした
絶え間もない困難に打ち勝つて来た
これらの傷ついた魂の根
これらのもたらす容貌のいかつさが
此の子供にまで響いて来る
此の子供の心をまで痛ましめる

子供は自分に触れることを厭ふ
その清さが厭ふ
お! 子供は自然の中にゐる
立派に美しく
彫り込んだやうにしつかりして
そして神の瞬間にゐるのだ
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