なんとかなるさ

中日春秋 6/4

<東京の屋根の下に住む若い僕らはしあわせもの>。灰田勝彦さんが歌った「東京の屋根の下」(作詞・佐伯孝夫、作曲・服部良一)は一九四八(昭和二十三)年のヒット曲というから、当時お聞きになったのは今の八十、九十代ということになるだろう。

終戦から三年。まだ戦争の傷痕が残る貧しき時代にあっても、その曲の中の二人は楽しそうである。<日比谷は恋のプロムナード><上野は花のアベック>

明るい曲だが、その後に続く詞に時代を思う。<なんにもなくてもよい 口笛吹いてゆこうよ>。焼け跡、闇市。やはり若い二人は苦しかったのであろう。それでも<口笛吹いてゆこうよ>。どきんとする。

日本の出生数のピークはその流行歌の翌年四九(昭和二十四)年。約二百六十九万人の赤ちゃんが生まれている。それが今や約三分の一。厚生労働省によると二〇一六年に生まれた子どもの数は統計以来最少の約九十七万人。百万人をついに割った。

結婚したい。子どもがほしい。その望みがあったとしても、食べていけるか、仕事しながらうまく育てられるかの不安やためらい。それを社会が一つ一つ消してやらなければ、少子化に歯止めはかかるまい。

<なんにもなくても>のあの時代よりも、若い人が子を育てるのに適した明日を信じない時代では「なんとかなるさ」の口笛はいつまでたっても聞こえまい。

…………………………

服部良一さん作曲、佐伯孝夫さん作詞で灰田勝彦さんが歌う『東京の屋根の下』は、戦後間もない昭和23年の作品。「何にもなくてもよい、口笛ふいてゆこうよ♪」憧れの東京の生活を歌ったものですが、同時に東京という街の明日への希望を感じるすてきな曲ですよね。

巡業で金沢を訪れていた服部良一さんが町を歩いていたときに思いつき、その後旅館に戻り書き上げた作品だそうです。

服部良一さんは、この歌を灰田勝彦さんに歌わせるために、コロムビアの専属を止め、フリー(コロムビアとビクターの二社専属状態)になることを選んだとか。



1 東京の屋根の下に住む若い僕等はしあわせもの
  日比谷は恋のプロムナード、上野は花のアベック  
  なんにもなくてもよい、口笛吹いて ゆこうよ
  希望の街憧れの都
  二人の夢の 東京

2 東京の屋根の下に住む、若い僕等は しあわせもの
  銀座は宵のセレナーデ、新宿は夜のタンゴ
  なんにもなくてもよい、青い月夜の光に
  ギターをひき甘い恋の唄
  二人の夢の東京

3 東京の屋根の下に住む、若い僕等は しあわせもの
  浅草夢のパラダイス、映画にレビューにブギウギ
  懐かし江戸のなごり、神田、日本橋、キャピタル東京
  世界の憧れ、楽しい夢の東京

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