国民の祝日

四季風 6/2

若手経営者の会社に寄ったら「2日は国民の祝日だよ、知ってる?」と問われた。きょうのことだが、そもそも6月は1年のうちで唯一、国民の祝日が無い月として知られる。

そんなわけがないと言うと「ぐうたら感謝の日」だと。漫画の「ドラえもん」で、6月に祝日が1日もないのを不満に思ったのび太が、ドラえもん秘密道具の一つ”日本標準カレンダー“を使って架空の祝日を作ったというお話である。

経営者が子どもの頃の漫画で、このエピソードにいたく感動。あるときこの話を思い出し、6月2日は、何もしない、
何も考えない日に勝手に決めたという。奥さんにも家事をさせず外食。梅雨入りを前に、いい気分転換になっているとほほ笑む。

「春生じ、夏長じ、秋衰え、冬死す。故に年魚(あゆ)と名づく」。平安時代の辞書『和名抄』にあるアユの説明である。寿命ほぼ1年。そのアユ漁が県内各地で解禁になった。

江戸川柳に「蓼(たで)と酢でまつ黄昏(たそがれ)の魚の声」なんてのがあるが、塩焼きのアユは蓼酢が一番である。独特の香りと辛みをもつ蓼の葉にご飯粒少々と塩を混ぜ、すり鉢ですった後に酢を加えてできあがりだ。弥涼暮月(いすずくれつき)という、すてきな異名を持つ6月が始まった。

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ぐうたら感謝の日(-かんしゃ-ひ、Taking thanks day)とは、6月2日に定められた国民の祝日の1つである。

目次
1 歴史
2 国会成立までの経緯(建て前)
3 ぐうたら感謝の日の施行
4 参考文献
5 関連項目

歴史
1975年に、「6月に祝日がないのはおかしい」とのび太国が制定した。制定に至るまでの過程はきわめて単純で、赤いシールをカレンダーの6月2日に貼っただけである。
また、この日を勤労感謝の日(11月23日)に対抗して「ぐうたら感謝の日」と定め、この日は国民全員が働いてはいけないとされた。

国会成立までの経緯(建て前)
のび太国国会で、「6月に祝日を作る」という法案が提出され、即時可決(投票数1、賛成1、反対0、棄権0)された。
この日はぐうたらな国民性を反映した祝日がよいと考え、「ぐうたら感謝の日」とすることが決まった。あわよくば「ぐうたらウィーク」を施行する法案も検討することになった。
ちなみに、後に悪法とまで言われることになる「“太”と“犬”の字を取り替える法」もこの日可決されたが、国民の民意を無視した採決だと批判され、解散の遠因となった。

ぐうたら感謝の日の施行
こうして、「ぐうたら感謝の日」の法律が施行された。
ところが、制定した本人がその祝日の存在を忘れており、本末転倒であった。「ぐうたら感謝の日」にふさわしく、全員がだらだらすることになった。
当然、アンサイクロペディアの執筆および加筆編集も一切禁じられ、その結果として荒らしが横行した。
テレビも午前中は出演者が寝そべって会話をしたりしていたが、午後になってすべてのテレビ局が放送を中止した。
この日は国民全員が働いてはいけないため、店などはすべて休業、さらに公共交通機関も休業であった。また、家事をすることも許されないため、空腹の限界を国民が訴えた。
さらに電力会社なども休業したため、電気、ガス、水道がストップした。
救急センターなども休業したため、急病人の搬送や火災の通報ができなくなった。
結果、この祝日のおかげで国は麻痺し、この祝日は最初の1年限りで終了した。
その後まもなく、のび太は死刑になった。
よって、現在生きているのび太はX代目もしくは影武者である。

参考文献
ドラえもん第14巻『ぐうたらの日』(てんとう虫コミックス)

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