応援ありがとうございました

日報抄 6/1

同僚のこんな話を聞いた。高校時代、水泳部だったが、小中学校から始めた他の部員にかなわず最後まで最下位だった。その息子さんは高校のバレーボール部に入っている。主将でありながら補欠にあえぐ。苦い青春が重なる同僚は言ったそうだ。

「お前の悔しい気持ちは誰よりもよく分かる」。すると「俺は選手としては駄目かもしれないが、練習では後輩の模範になりたい」と返ってきた。胸の内を聞いて、じんときたそうだ。

インターハイ出場を懸けた県高校総体が各地で行われている。多くの3年生にとっては、これが集大成の大会となる。スポーツ担当記者にとっても楽しみな場だ。彗星(すいせい)のごとく現れひのき舞台へとここから駆け上がっていく選手も少なくない。

逸材は本県にもきっといる。「東京五輪に出たい」と意気込むぐらいの選手に出会えると、ありがたい。ただし練習がめざましい結果につながるとは限らない。歓喜にむせぶ覇者の陰で、大多数の選手は悔し涙を流す。

それでも最後に「応援ありがとうございました」と頭を下げる姿がすがすがしい。考え方ひとつだ。心につかむものは、敗者の方が大きいのではないか。「悔しさ」という大きなもの。それを糧にそれぞれの目指すところへ向かえば、うれしい報告をできる日が来るはずだ。

めげることなく挑む若い力を育みたい。「勉強しろ」「たまには家事を手伝え」とうるさいばかりの親を少し休んで、胸に秘めた子の夢に静かに耳を傾けてみては。自戒を込めて。
関連記事