無人島セレクション

中日春秋 6/2

無人島に一冊だけ本を持って行くなら、どんな本か。作家の片岡義男さんは『広辞苑』を選ぶという。しかも一九五五年発行の第一版を携えて、南の島に行きたいそうだ。

一九五五年は、まさに高度経済成長が始まった年。そんな年に生まれた辞書を無人島に持っていく理由を、片岡さんは『無人島セレクション』で、こう説明している。

<まったく新しい地平へと突進していく日本は、それまではどこにもなかった無数の異物を生み出し…果ては日本語をその根幹から浸食していくはずだ、と広辞苑初版の編者たちは正しく予測したのではなかったか>。そういう浸食が始まる前の日本語を集めた辞書こそは、無人島で読むのにふさわしかろうと。

「手つかずの自然が残る、世界屈指のサンゴ礁の島」として世界自然遺産に選ばれた南太平洋の英領ヘンダーソン島は、それにぴったりの島に思えるが、そこに着いてまず広辞苑で引く言葉は、「海」でも「孤独」でもなく「プラスチック」になるだろう。

英国の科学者らの調査で、厳島(いつくしま)より一回り大きなこの島が、三千七百万個ものプラスチックごみで覆われていることが分かった。白い砂浜は漂着するごみであふれ、由来が分かるものを調べたところ、日本製や中国製が多かったという。

大量生産大量消費に踊る国々が生む「無数の異物」が、絶海の孤島をも浸食しているのだ。


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無人島セレクション 無人島セレクション編集部著

自分は何にこだわって生きてきたのか

 もしも無人島で独りぼっちになるなら、何を持っていくか?
 誰もがかつて身近な人と話題にしたことがあると思われるこの問いに、一枚のレコード(CD)、一本の映画、一冊の本という条件を付け、大人の男たち18名に答えてもらう。そうやって編まれた『無人島セレクション』は、長く編集者をやっていた者としては、ちょっと安易すぎないかと茶々を入れたくなる企画なのだが、いざ手にとってみると、つい読みふけってしまった。
 回答している中高年の男たちが真摯に自問し、記憶をひもとき、選択した作品にからめていろいろあった来し方の凹凸を告白しているからだろう。たとえば巻頭に登場する浅井慎平は、かつて自身が監督、撮影、脚本、照明を務めた映画『キッドナップ・ブルース』を選び、「ただ一度だけのたのみ」を聞き入れて協力してくれた多くの友人たちを思う。そこには主演を担った、30年余り前のタモリがいる。ひょんなことから少女と二人で旅をする孤独な中年男役のタモリ。その姿を無人島で観る孤独な老人、浅井愼平。
〈映画を観るということは映画に観られることだと、ぼくは気づく〉
 本誌でもおなじみの亀和田武は、ザ・ローリング・ストーンズの『ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト!』を持参するレコードに選んでいるのだが、その理由を綴った文章は優れた私小説のようだ。同じくこのアルバムのファンであっても、亀和田と私とでは、当然ながらそこに現れる背景は違う。或る時代を何歳で過ごしてきたかの違いといえばそれまでだが、その差異もまた、作品の新たな魅力を感じるきっかけになる。
 古典的な問いをきっかけにはじまる過去との対話は、自分がいったい何にこだわって生きてきたかを明らかにしていくようだ。だから読者もまた、気づけば記憶をたどって自問する。自分だったら何を……ちなみに私は、山田風太郎の『人間臨終図巻』を持っていくと決めている。

「もしも、無人島でひとりぼっちになるとしたら、何を持っていく?」という質問。いざ聞かれると、あれでもない、これでもない、と数多くの好きなものの中からひとつに絞るのはなかなか難しく、思わず考えこんでしまうものです。

 書籍『無人島セレクション』では、様々な分野で活躍し続ける、大人の男性18人が、無人島に持っていきたい1枚のレコード、1本の映画、1冊の本という計3つのものを、それぞれに選び、その理由を綴っています。

 例えば18人の中で、無人島に1冊持っていく本に「辞書」を選んだのは、音楽家・細野晴臣さんと作家・片岡義男さん。

 細野さんは、「こういう質問の答えとしては辞書や聖書っていうのは本当は禁じ手なんだろうなあ」「持って行っても読まないとは思うけどね」と言いながらも、小学生のときに母方の祖母からもらったという三省堂の『廣辭林』を挙げ、その辞書にまつわる小学生時代の思い出を語ります。

「ちょうど小学校五年くらいに、父親が買ってくれた『西遊記』にすごくハマって、けっこう分厚い本だったんだけど、面白くて熱中しちゃった。ファンタジーの世界に入ってしまっていたんだよね。そこにはいろんな仏さまが出てきて、困ったら助けにきてくれる。だから、仏さまに対してロマンチックな憧れを抱いてしまったわけで、仏さまが僕のアイドルになっちゃったわけですよ。その仏さまを片っ端から辞書で調べたら、ちゃんと全部載っている。しかも絵入りで。そしてまたこれが、エキゾチックなんです、名前もビジュアルも。仏さまは僕にとっての最初のアイドルだから、その絵を一生懸命模写したりしてね。それが楽しかったんです」

 あるいは、「何も書いていない白ページだけが綴じられている一冊の本」(椎名誠さん)といったユニークな答えや、『攻殻機動隊』(誉田哲也さん)といった回答も。

 1冊の本を選び、その理由が語られることで、選んだ人の知られざる人生観や思い出の数々が垣間見えてきます。

 あなたなら、どんなレコード、映画、本を無人島へ持っていきますか? 本書を読みながら、あれこれ思いを巡らせてみることで、普段埋もれてしまっていた自身の人生観や懐かしの思い出が引き出されてくるかもしれません。
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