これは、現実なのだ

中日春秋

サバンナの地平線に太陽が沈み、村が深い闇に包まれると、人々はたき火を囲んで座る。虫の鳴き声が天然のオーケストラのように響き、ライオンがほえる声も聞こえる。

語り手が「これは、とても古いお話だ」と言って話し始めると、それを遮る者はいない。邪魔をすれば悪夢に襲われると、みな信じているのだ。

アフリカ・南スーダンのディンカ人はそうやって部族の物語を伝えてきた。なぜ太陽は東から昇って西に沈むか、なぜ夜があるのか。人はなぜ陸に住むようになったか。大自然の中での営みがかもした豊饒(ほうじょう)な民話の宝庫が、そこにはあったのだ(アコル著『ライオンの咆哮(ほうこう)のとどろく夜の炉辺で』)

だが、そんな過去から現在へとつながる濃密な記憶と人の絆も切れ切れになっているだろう。国連によると、南スーダンでは人口の四割を超える人々が食料不足に苦しみ、三割を超える人々が避難を強いられた。戦火と飢えの悪夢が人々をさいなんでいるのに、支援のための国連の資金は必要額の二割にも満たぬという。

南スーダンでの国連平和維持活動に派遣されていた自衛隊は帰還したが、今あらためて問われているのは、かの国の人々のために何ができるかだろう。

世界食糧計画のビーズリー事務局長は、緊急支援の必要性をこう訴えている。「飢餓はフェイク(偽)ニュースではない。これは、現実なのだ」


………………………………………………………………………………



本書は、南スーダンのディンカに生まれた著者が、子 どものころに村で聞いた神話と民話をおさめたもので ある。2011 年 7 月にアフリカ大陸の 54 番目の国家と して独立した南スーダン。しかし、現在も治安は安定 せず、各地で戦闘が続き、避難民が出ている状況にあ る。著者は、難民キャンプを転々としながら教育を受 け、大学に進学して学位を取得した。その後、ジャー ナリスト兼援助団体職員としてアフリカ各地をめぐっ た経験を持つ。
物語の舞台となるディンカの土地は、白ナイルが流れ、緩やかに北へと傾斜する南スーダンの大盆地に位置している。牛の民であるディンカは、その土地に広範囲に分散して居住している。男たちは成人式で自らと同じ名を持つ牛を得て、詩を朗誦し、牛の角を模してダンスを踊り、牛を愛おしむ。人々はいかなる場合においても牧畜を行うことに愛着を抱いており、雨季と乾季にあわせて永続的な居住地と川岸の放牧地の間を行き来して生活している。
本書には、15 の物語がおさめられている。冒頭にお さめられている「氏族はどのように名前を得たか」は、 ディンカの始原の物語である。もともとディンカは川 の水の下に住んでいた。水の下は、病気も死もないが、 人口が増加しすぎて窮屈になってきた。そこで、漁槍の 長ロンガール・ジエルが、陸地に住めないかどうかを調べに出かけた。漁槍の長は、聖なる槍を持つ司祭で ある。ロンガールは、陸地は獣がいて病気と死が存在 する危険な土地であるため、人間は陸に住むことはで きないことを人々に伝えた。しかし、人々はロンガー ルを殺してでも陸地へ出ることを選んだ。人々はロン ガールを出し抜き、陸地へあがったが、その代償とし て永遠に水の下では生きることができなくなった。そ して、陸地でさまざまな出来事に直面することになっ た。そこで、人々は身を守るために、それ以前から陸 地に棲んでいたほかの動物たちに保護を求めた。これ によって、それぞれの氏族が特定の動物や木々、草や 昆虫と関係を形成することになったのである。
それに続く物語では、ディンカがどのように牛を手 に入れたのか、踊りに欠かすことができない太鼓をど のように手に入れたのかといった、ディンカの生活に 即した物語が並べられている。また、本書におさめられ た物語には、牛、ライオン、狐、ハイエナ、ゾウ、カ バ、鳩、駝鳥など、多くの動物が登場する。特に、聖 なる槍を求めて手負いのライオンに挑む青年の話であ る「ライオンのジェルベック」や、正直者で心優しい娘と対照的な性格の姉が登場する「アチェンガークデ
ィトゥとアチェンガークティー」では、ディンカ、ライオン、角のない牛の関係が興味深い。このふたつの物語では、イオンが人間や角のない牛に姿を変えたり、ディンカがライオンに姿を変え、再び人間に戻ったりする。ここからは、自然とディンカの人々の暮らしがとても親密な関係にあることが読み取れる。このほか、年長者の知恵を伝える話など、訓戒的な物語もおさめられている。
本書は、読み物としても楽しめるだけでなく、物語に描かれる神、人間、動物、そして人々の氏族の関係から、ディンカの世界観や社会組織を垣間見ることも
できるものとなっている。また、本書を片手に、ディンカに関する民族誌を手に取ってみることも良いだろう。ディンカの暮らしぶりや社会、宗教を知ることで、物語に登場する人物や動物たちの鼓動をより一層感じとることができるはずである。本書が読者の想像力を掻き立て、ディンカの豊かな世界へ誘ってくれることは間違いない。
関連記事