ぼくがラーメンたべてるとき

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滴一滴 5/25

同じ時、隣の家で、町で、国で子どもたちは何をしているか。長谷川義史さんの絵本「ぼくがラーメンたべてるとき」は想像を外へ外へと広げていく。

テレビのチャンネルを変える。野球のバットを振る。そんなのんびりした身の回りの様子は世界が広がると、変わる。水くみをしたり、牛をひいたり。働く子が現れ、やがて荒廃した町の中、「おとこのこが たおれていた」と。

今、この時も、卑劣な暴力に倒れる子がいるかもしれない。英国のテロは、子どもも犠牲になった。ナイジェリアでは、少女が拉致され、自爆テロをさせられるケースが急増し、今年に入り約40件に上るという。

戦闘員との結婚を断ると、テロを命じられた―。起爆せずに助かった14歳の少女が証言している。銃を持った戦闘員に押さえられ、体に爆弾を巻かれた。逃げたかったが、銃撃が怖くて、指示された軍の施設へ歩いた。「ドン」。爆音とともに、数十メートル前にいた同行の女性の体がばらばらになった。

テロを行う過激派のボコ・ハラムは3年前、学校から多くの女子生徒を拉致した。今月、82人が解放されたが、110人余は今も行方不明で、自爆テロで命を落とした子もいよう。

好きな物を食べる楽しみも好きなことをする自由も奪われ、テロを強いられる。その恐怖を想像すると、猛烈な怒りがこみ上げる。




「ぼくがラーメンたべてるとき」長谷川義史

 ぼくがラーメンたべてるとき、となりでみけがあくびして、となりのみっちゃんがチャンネルかえて……。
 そうやって、ぼくがちょうどラーメンを食べている同じ時刻、その一瞬に起きた出来事が、どんどんどんどんと語られていく。
 テレビのチャンネルを変えるように、そう、一枚一枚ページをめくるごとに違う場面が現れる。転がり出した小さな雪の玉が次第に大きくなっていくように、その描写は日本を飛び出していく。
 隣の国の男の子は自転車に乗り、そのまた隣の国では女の子が赤ちゃんを背負い……。
 そして最後、山の向こうのその国で、瓦礫の中で男の子がひとり倒れている。
 たった一人。
 周りには誰もいない。

 この国はどこだろう。
 この絵本を最初に読んだとき、地図帳を思わず開いた。
 日本の隣は中国。中国が広すぎるから、中国の隣の国がどこかはよくわからないけど、ミャンマーだろうか、そう考えていくと、最後の男の子はアフガニスタンあたりの子ではないのか?

 風が吹いている。
 昔のテレビのノイズのような背景の中に男の子がひとり倒れている。

 そして場面はラストで一気に日本へと戻る。
 僕はまだラーメンを食べていて、風が、ぼくの部屋のカーテンを揺らした。
 そう、その時風は吹いていた。

 ソファに乗った猫が、開け放された窓の向こうを眺めている。
 窓の向こうには、あの何もない瓦礫と砂嵐が見えはしないか?

 読み終わり、最後に本を閉じたとき、裏表紙に描かれたイラストに救いを感じた――――。

 小学校高学年くらいの子に、手に取って、読んで、考えて欲しい絵本だと思う。

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 さて、この絵本を書いていらっしゃる長谷川義史さんは「ダジャレ日本一周」や「いいから いいから」などといった、クスリと笑ってしまうようなとても面白い絵本もたくさん書いていらっしゃる。
 どんなときにも「いいから いいから」と、のんびり受け入れてしまうおじいちゃんに癒されたという人も多いはず。
 一方で。本書のように難しい言葉を全く使わずに、深く考えさせられるお話も書いている。

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