スープの問題

談話室 5/20

残ったスープを眺め丼を置く。しばし考え、両隣の客と店主の隙をうかがってもう一口飲み、思い惑った末に全部啜(すす)り込む-。漫画家でエッセイストの東海林さだおさんはラーメンを食すたび「スープの問題」に悩む。

「全部飲みたい」が「世間が許さない」。でも結局は「エエイ、もうこうなったら世間も常識もないッ」。平らげるなり「せわしなくお勘定をし、深く傷ついて店を出る」。東海林さん編著「ラーメン大好き!!」から引いた。愛してやまない好物ながらも複雑な思いが絡む。

日本人の食塩摂取源の食品は1位がカップ麺で、スープを飲み干すと仮定して1日当たり5.5グラム。2位はインスタントラーメンで5.4グラム-。国立研究開発法人の医薬基盤・健康・栄養研究所が発表した。「食塩の取りすぎは血圧の上昇と関連がある」と注意を喚起する。

国の家計調査の品目別年間支出額ランキング(2014~16年の平均)で都道府県県庁所在地と政令指定都市の計52市中、山形市は中華そば(外食)が断然トップ。カップ麺も青森、新潟両市に続く3位で根強い需要を物語る。お好きな皆さま、どうぞご自愛ください。

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小さい頃からラーメンが好きだ。一日三食ラーメンでもいいくらいだ。そば、うどん、など麺類は皆好きだが得にラーメンは別格である。

「日本人が愛してやまない食物、ラーメン。ラーメンの魅力とは何だろう?編者の発したこの命題に、26名のラーメン愛好家たちが取り組んだ。ある者は具について考え、ある者はスープについて、またある者は戦後日本社会との関係を考察する。
さらに人気ラーメン屋の店主6名へのインタヴュー、在野グルメ諸氏による座談会などを加え、多角的にその魅力に迫る、ラーメン探求の書」そのエッセンスを紹介しよう。

【人は何故にラーメンで興奮するのか】

なにかのはずみで、ふと食べたくなると、もう矢も盾もたまらぬ、という食物がある。
雑誌のラーメンのカラーグラビア写真などがあると、ぼくは、「ウム、もうどうにもならぬ、今すぐ待ったなし、この場で、たとえ相手を押し倒しても」と興奮してしまう。

考えてみれば、ラーメンは実に単純な食物である。
容れ物は丼一つ、これだけでこと足りる。
寿司のように、醤油の小皿もつかない。
カツ丼のように、おしんこの皿もつかない。
威風堂々丼一つ、これだけで勝負しているのである。
丼の中には、スープと麺、そして具、これだけである。
具にしても、基本的には。シナチクと焼豚だけである。
たったこれだけの食物に、人々は大騒ぎするのである。
本書のごとく、一冊の本が出来上がるほどに人々は騒ぎに騒ぐのである。
これはなぜであろうか。

同じ麺類であるきつねうどんでは少しも騒がぬ男たちが、ことラーメンとなるとかくも
騒ぎ始めるのはなぜであろうか。
たしかに、きつねうどんで騒いでいる人々を見たことがない。
油揚げの厚みがどうのとか。煮具合がどうのとかいう議論を聞いたことがない。
たぬきうどんでも、鴨南蛮でも変わりはなかろう。
日本そば、うどんのたぐいは、むしろ人々をして沈黙せしめるところがあるように思う。
精神の沈静化をうながすところがあるように思う。
一杯のきつねうどんを前にすると、人はなにかこう、しみじみとした気持ちになり、心静まる。すすっているうちに敬虔(けいけん)な気持ちになって念仏の一つもとなえたくなる。
ところがラーメンとなると事態は一変するのである。

ラーメンを食べているときは、精神はラーメンのみに集中していて他のことは一切考えられない。没入、集中、熱中という点からいえば、ラーメンの右に出るものはないのではないか。それほどにラーメンは、人を熱中させるものなのである。忘我の境に陥れるものなのである。これほどまでに、人の精神を没入せしめるラーメンとは一体何か。
その魔力は一体どこにあるのか。
本書が、その開明の一助とならんことを祈るばかりである。

30年前の本だけど、いまでも通じる所がたくさんあるなあ…!(・o・)
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