忖度

小社会 5/19

 このところ頻繁に登場するようになった「忖度(そんたく)」。「他人の心中や考えなどを推しはかること」という意味のこの熟語が初めて使われたのは中国最古の詩集「詩経」とみられている。

 「巧言」という詩に「他人心あり、予(われ)之(これ)を忖度す」。ここでの心はよこしまな心を指す。他の人に邪心があれば、私はそれを推しはかる。むろん、しっかりと推察し、そうした不正な心を把握する、という意味だ。

 学校法人「森友学園」に続いて、安倍首相の友人が理事長を務める「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画を巡って大きな動きがあった。文部科学省と内閣府のやりとりを記録したとされる文書には、早期の開学に関して「官邸の最高レベルが言っていること」「総理の意向だ」。

 安倍首相はこれまでの国会答弁などで関与を強く否定している。とするなら、首相は早期開学を望んでいるようだ、と忖度した官僚が事業計画の認定などを急いだのだろうか。菅官房長官が「怪文書」とした文書の真偽を含め、事実関係の解明が不可欠となる。

 「巧言」は「躍躍(てきてき)たる毚兎(ざんと)、犬に遇(あ)いて之を獲(と)らる」と続く。すばしっこくずるがしこいウサギも、犬に出合って捕まる。よこしまな心を持つ人間はこのウサギの類いであり、やがて必ず捕らえる犬が現れる、といったことのようだ。

 この詩は、暴君を非難するために官僚が作った、との見方があることを最後に付け加えておきたい。

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最も古い用例

概要
『詩経』の「巧言」という詩に、「忖度」という言葉が載っている。
目次
『詩経』での「忖度」の用例
『詩経』での「忖度」の用例

最近、「忖度」(そんたく)という言葉がにわかに流行するようになった。大阪の森友学園事件に関して、官吏が上位者の意思を推しはかって色々な物事を進めたのではないかという話が出ているためだ。

ところで、私の知るかぎり、「忖度」という言葉の最も古い用例が見られるのは『詩経』である。『詩経』は、中国で最も古い詩集で、周代に作られたとされる詩が収められている。この詩集に載っている「巧言」という詩 [1] に、「忖度」という言葉が用いられている。この詩は6章からなるが、その4章目に「忖度」が使われている。4章目を以下に引用する。

奕奕寢廟、君子作之。

秩秩大猷、聖人莫之。

他人有心、予忖度之。

躍躍毚兔、遇犬獲之。

〔書き下し文:奕奕えきえきたる寝廟しんべう、君子之これを作る。秩秩ちつちつたる大猷たいいう、聖人之これを莫はかる。他人心こころ有あり、予われ之これを忖度す。躍躍てきてきたる毚兔ざんと、犬に遇あひて之これを獲えらる。〕

〔現代語訳:大いなるみたまやは、君子が作った。秩序だった大道は、聖人が定めた。他の人に(よこしまな)心があれば、私はそれを推しはかる。すばしっこくとびまわるずるがしこいうさぎは、犬に出会って捕らえられる。〕

「詩経・小雅・巧言」
毛詩の小序には、「巧言、刺幽王也。大夫傷於讒、故作是詩也。」とある。すなわち、「巧言」という詩は、周の幽王(在位:紀元前781年–紀元前771年)をそしる詩であり、讒言に苦しめられた大夫が作ったものであるとされる。小序の記述が正しいかどうかは分からないが、幽王は暗君として有名なので、幽王をそしるという設定自体に違和感はない。

上記の詩は、他の古い文献でも引かれている。例えば、『孟子』の「梁恵王上」編には斉の宣王が『詩経』の「他人有心、予忖度之。」という言葉を引くシーンがある。

王說曰、「詩云、『他人有心、予忖度之』、夫子之謂也。夫我乃行之、反而求之、不得吾心。夫子言之、於我心有戚戚焉。此心之所以合於王者、何也。」

「孟子・梁恵王上」

脚注
「巧言」の全文は中国語版ウィキソースの「巧言」で見ることができる。また、戦前に書かれたものだが、この詩の日本語での解説として、『国訳漢文大成 3 詩経』(pp. 636–644) や『経書大講 7 詩経(中)』(pp. 202–208) がウェブ上で簡単に見られる。また、『新釈漢文大系 111 詩経(中)』に現代語訳がある。この本はそこそこの規模の公共図書館に行けば大概置いてある。
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