アンパンマン

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卓上四季 5/5

先日、NHK連続テレビ小説「ひよっこ」を見ていたら、懐かしい歌声が流れた。「ぼくらはみんな生きている…」で始まる「手のひらを太陽に」である。子どものころは口ずさむと歌詞に照れたが、今聞けば不思議と元気が湧く。

作詞したのは「アンパンマン」の作者、やなせたかしさんである。1950年代、仕事はラジオの台本書きや舞台装置のデザインばかり。「漫画家の才能がない」と悩んでいた。

ある夜、ふと手元にあった懐中電灯を手のひらにあてたら、赤く見えた。心は沈んでも赤い血が流れている。これが生きていることだ。とっさに歌詞が浮かんだそうだ。

漫画家になったのは、戦争体験が原点だという。弟が「もうすぐ死ぬが、兄貴は生きて絵を描いてくれ」と言い残し、戦死した。<正しい戦争はあり得ない。本当の正義は食べ物を分け与え、命を支えること>。困っている人に、自分の顔を食べさせる勇気あるアンパンマンを思いついた(梯久美子著「勇気の花がひらくとき」)。

きょうはこどもの日。苦しい思いで日々を送る子どもがいるかもしれない。そんな姿にひやひやする仲間もいるだろう。

やなせさんはこんな言葉を残している。<いじめられている人をかばうと自分がいじめられるかもしれない。それでもどうしても誰かを助けたいと思うときに本当の勇気がわく>。そう、ぼくらはみんな「で」生きている。

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勇気の花がひらくとき
やなせたかしとアンパンマンの物語

ジュニア・ノンフィクション 7

1919年、ひとりの男の子が生まれました。
名前は、やなせたかし。
みんなに愛されているアンパンマンの、生みの親です。
見る人を楽しませ、明るい気持ちにしてくれる、アンパンマン。
けれど、アンパンマンを生みだしたやなせ先生の人生は、
楽しいこと、うれしいことばかりではありませんでした。
家族との別れや戦争、人と自分をくらべて落ち込む気持ち…。

「ぼくが生きる意味はなんだろう?」
いつも考え、自分の思いを作品にこめた、やなせ先生のすがたをえがきます。

梯 久美子/文



自分の食べものをあげてしまったら、自分が飢えるかもしれない
いじめられている人をかばったら、自分がいじめられるかもしれない
それでも、どうしてもだれかを助けたいと思うとき、
ほんとうの勇気がわいてくるんだ
(本文より)



梯 久美子(かけはし くみこ)
1961年熊本県生まれ。北海道大学文学部卒業後、やなせたかしが編集長をつとめた雑誌『詩とメルヘン』の編集者となる。のちにノンフィクション作家となり、『散るぞ悲しき 硫黄島総司令官・栗林忠道』(新潮文庫)で第37回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。同書は米・英・仏など世界8か国で翻訳出版されている。戦争体験者に取材した三部作『昭和二十年夏、僕は兵士だった』『昭和二十年夏、女たちの戦争』『昭和二十年夏、子供たちが見た戦争』(以上、角川文庫)、『百年の手紙 日本人が遺したことば』(岩波新書)ほか著書多数。


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・小学生の感想文

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