立夏

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日報抄 5/5

夏が立つ。立春、立秋にくらべ手ごわそうである。桜をつい先日見送ったばかりのような気がするが、空は青を増し、田畑からは土のにおいがする。

〈美しき緑走れり夏料理〉星野立子(たつこ)。どんな皿を思い浮かべよう。初夏から走りだす枝豆は、明るい緑が涼しげだ。しかしこんな厳しい評価を浴びたことがある。「5月からハシリが出る。枝豆のハシリはちっともウマくない」。晩の友は空豆であり、それがなくなると「仕方なしに枝豆を食う」。

散々だ。これは、小説や随筆から昭和が立ち上る獅子文六さんによる評価である。横浜に生まれ、なけなしの財布をふるってパリの名店を食べ歩いた人だ。越後の枝豆にほれた作家として聞いたことがあるが…。

酷評の何年後だろうか、「誤りを知った」と書く。肥えた実や香りをたたえ、「越後とか庄内平野」のものが「ウマいのである」と別人のよう。この二つの地方を並べほめるのだから、評価一変の裏にあるのは茶豆だろう。

コメの生産調整が始まった頃、旧黒埼町(新潟市)で栽培が広がった。小平方集落の人々が親戚にも分けずに守ってきたものを、町内に開放した。古くは庄内の鶴岡から伝わったとされる。すくすく育ち、いまや新潟ブランドを引っ張る。

くろさき茶豆」が地理的表示保護制度に登録された。堅い制度名が惜しいが、要は国が逸品と認めた。品薄になってしまうだろうか。それも惜しい。でも、もぎたてを味わえるのは地元だけである。茶豆が人を呼ぶ夏もいい。

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新潟日報、獅子文六と枝豆。

とりあえずビールと枝豆、という季節ですなあ。

7月18日の新潟日報が届いた。「にいがた食ひと紀行」の26回目が「獅子文六と枝豆」なのだ。少し前に、担当の文化部の記者の方が、取材で東京に来られたときに会った。おれが獅子文六の『食味歳時記』(中公文庫)の解説を書いている関係で、獅子文六のことや枝豆のことなどを話した。そのときのおれのコメントがちょっとだけ載っている。

「にいがた食ひと紀行」は、新潟日報メディアシップ5階にあるという「にいがた文化の記憶館」と連携した企画らしいが、新潟の食とゆかりのある著名人のエピソードや著作などをもとに、そのひとと新潟の食を紹介している。大活字の全5段を使った、いい企画。

『食味歳時記』では、9月にあたる「今朝の秋」に枝豆が登場する。獅子文六も枝豆は夏のものだと思っていたし、東京あたりではそう思っている人が多いだろうけど、ちがうのだ。6月ぐらいからわせが始まり、これから9月中頃までが、いわゆる「旬」なのだ。

獅子文六は、「関東産の枝豆を、美味なものと、思ってたが、近年になって、その誤りを知った。/枝豆は、越後とか、庄内平野のものが、ウマいのである」「新潟のも、酒田のも、実がマルマルと肥えて、見るからに立派だったが、食べる時に、オナラの臭いがするのも、同一だった。最初は辟易したが、そんな臭いがすることが、豆の味のウマさと、密接な関係があるらしく、しまいには、それが魅力となった」と書いている。

「オナラの臭いがする」には、オナラだっていろいろな臭いがあるから見当がつかないが、とくに茹でたては独特の臭いがするのは確かだ。

これは、山形産の「だだ茶豆」で有名になった茶豆の種類らしいのだが、新潟でも庄内と同じ茶豆を作っているし、味も甲乙つけがたい。記事によれば、新潟市西区黒埼地区のものが「黒埼茶豆」として、よろこばれ賞味されているとか。その生産者も取材している。「茶豆の里」というJA越後中央の農産物直売所もある。

山形の庄内というと酒田や鶴岡が中心だが、そこの「だだ茶豆」と「黒埼茶豆」のつながりを追いかけたのち、最後にこう書いている。

「つながりが深い「黒埼茶豆」と「だだ茶豆」だが、山形大学農学部の江頭宏昌教授(51)は「鶴岡は間食文化。女性や子供が小腹を満たすのに、甘みが強いものが好まれる。新潟の人たちは酒のあて。甘みより、うまみ重視する」と説明、風土や食文化が品種改良に反映されているのが興味深い」

ほんと、なかなか興味深い。

ってことは、酒のつまみには新潟の茶豆のほうがよさそうだが、新潟県人も大人にかぎらず枝豆をよく食べる。関東とは一度に食べる量からしてちがう。どこの家でも、ザルに山盛り茹で、大量に食うのだ。「酒のつまみ」といった優雅な食べ方ではない。おれが子供の頃からそうだったが、いまでも変わらないらしい。

じつは、新潟県は枝豆の作付面積は全国一なのだが、出荷量の順位は下がるのは、県内消費が多いからだ。県民の経済や文化などの「格差」に関係なく、枝豆の季節になると県民こぞって賞味するのは、食文化としては素晴らしいことだ。作付面積全国一と共に、「枝豆王国」は、虚構ではない。

しかし、食文化としては豊かで素晴らしいが自家消費は「経済」にならない。そこが悩ましいところだ。

この記事は文化のことなので、経済にはふれてないが、いまや東京市場でブランドになれるかどうかによって、地方の「経済」は左右される。そして、東京市場でブランドになることは、選択肢の多い東京人の消費の気まぐれに左右されながら、地元の消費が流通量や値段などで圧迫を受ける関係にもなるのだ。つまり地域の食文化は面倒を抱えることになる。それで地域の食文化が危機に瀕したり、変わる例もある。そのへんは、なんでもいいものは東京に集まるのがトウゼンと思っている東京人階層は気づきにくい大きな矛盾だろう。

それはともかく、この記事の冒頭に、獅子文六の息子さんが登場する。文六が還暦の年に生まれ、16歳で死別、現在62歳だ。記者はその方まで取材している。おれはその帰りに、大宮で会った。

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