食の作法

忙人寸語 5/5

こどもの日中年男性が袋から取り出して食べたのは、カップに入ったおでん。コンビニで買ってきたのだろう。20歳そこそこと思われる女性は3個のパンを立ち食いし、ペットボトルをぐびぐびとあおる。

通勤の電車内では首をかしげたくなる「食」のシーンに出くわす時がある。食べる物に驚くこともさることながら、衆人環視の中で平然と食する態度に不快感が募る。

男性に至っては7人掛け並列シートの中央で堂々と。周りの視線を気にする様子は全くない。食べる音は正面に座るこちら側にも聞こえてくるほどだ。

乗降客が入れ代わる場所はれっきとした公共の空間。恥じらいもなく食べ尽くす表情は、厚顔無恥と言ったら失礼か。食べることすべてを否定する気は毛頭ないが、ちょっとその無神経が分からない。

ゴールデンウイーク真っただ中。旅行先には、じっくり回ってみたい「食べ歩きスポット」も多い。例えば東京・浅草は、老舗の和菓子店が集う観光地として有名だが、電車内はこういったグルメスポットではない。

「食は心で始まり心で終わる」。農学博士の小泉武夫氏はこう語った。食事は空腹の時、単にものを口に運び、胃袋に送り込むだけのことではない。心を伴っていなければならない-と。「食」の作法を大上段に振りかざすつもりはない。せめて場所柄をわきまえる心を持ち合わせてほしいと思うだけだ。

…………………………

201705060506105b9.jpeg


食で日本一の孫育て虎の巻―発酵先生の“しっかりした子”にする食の知恵

小泉 武夫【著】

内容説明
日本中のおじいちゃん、おばあちゃん、おとうさん、おかあさんに読んでほしい、元気で明るい子、利発な子に育てる、食への礼節。

目次
第1章 孫に教えておきたいこと。
第2章 孫の心とからだを守るために。
第3章 和食の素晴らしさを知っておこう。
第4章 孫に教えたい日本の伝統食材。
第5章 発酵食品のパワーをわが孫にも。
第6章 小泉家に伝わる食事を孫たちへ。
第7章 日本の食は今、どうなっているか。孫にも少しは教えてほしい。

著者紹介
小泉武夫[コイズミタケオ]
東京農業大学名誉教授。1943年、福島県の酒造家に生まれる。東京農業大学農学部醸造学科卒業。農学博士。専攻は醸造学・発酵学・食文化論。現在は鹿児島大学、琉球大学、広島大学、新潟薬科大学、石川県立大学などの客員教授も務めている。世界各国を訪れ、その地の珍味、奇食を味わう“食の冒険家”でもある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

出版社内容情報
この本の中には、孫に教え、伝えたい
大切なことがいっぱい詰まっています。
わたしたち日本人が取り戻すべき「食への礼節」、
姿勢を正すことからはじめましょう。

発酵学の権威、小泉武夫さんが日本の食への熱い思いを孫の食育に託す、心がしっかりした子、からだがしっかりした子に育てるための食読本。
醸造学・発酵学・食文化論を専門とする農学博士、小泉武夫さんがこれまで培われてきた、膨大な食にまつわる知識、知恵を、孫の食育といった視点で、孫育て世代のおじいちゃん、おばあちゃんに向けて伝授します。健康的ですばらしい和食、昔ながらの日本の食の叡智、もっともっと伝えたい、そんな願いをこめて。
子どもが食への関心と理解を深めるというだけでなく、親世代、祖父母世代にとっても、あらためて日本の食、長く受け継がれてきた食の知恵を見直す、いいきっかけとなるために。日本人が日本人を今一度自覚する、そんな時間を孫と一緒に共有したい。小泉武夫さんの伝えておきたい、残したい、日本の食の知恵語りです。
*食べ物を大切にする心を育てる。
*「いただきます」は食べ物に対する感謝の言葉。
*きちんとした箸の作法を早くから教える。
*食べ物を捨てない工夫。
*姿勢を正して食べる習慣をつける。
*噛むことで、頭がよくなる。
*健康なウンコとは何かを孫に教えよう。
*元気になりたければ納豆豆腐汁に限る。
*食物繊維豊富な和食が免疫力を高める。
*日本の出汁は世界一。
*おむすびは丸くないといけない。
*粥には十の徳がある。
*鰹節がカチンコチンなのはカビのおかげ。
*梅干しは日本人の元気の素、心の安定にも寄与。
*からだの維持になくてはならない塩の力。
*朝のお茶は戻ってでも飲め。
*腐敗を知って発酵を尊ぶ。
*がんの予防にもつながる味噌。
*祖母の肌をツルツルにした「美人水」。
*孫を美人に育てる十カ条。
など、97にも及ぶ項目で食の知恵を伝授します。

はじめに  
第1章 孫に教えておきたいこと。  
 *食べ物を大切にする心を育てる。  
 *「いただきます」は食べ物に対する感謝の言葉。  
 *「ごちそうさま」は誰に言うか? 
 *箸は単なる道具ではない。
 *きちんとしたい箸の作法を早くから教える。
 *箸には心が宿っている。
 *箸は捨てずにお寺で供養をする。
 *幼い子はスプーンとフォークでいいか?
 *食事のとき私が孫に許さないこと。
 *化学調味料入りの食品を食べさせてよいか。
 *「なぜ食べるか?」その答えを教える。
 *日本の素晴らしさは食にとどまらない。
 *日本ならではの行事も教えよう。
 *目に見えないものに感謝する心を育てる。
 *心のこもった料理を持ち帰るのもまた心。
 *作り手の思いやりで、ふさわしい量を出すのも心。
 *食べ物を捨てない工夫。
 *アラまで無駄にしない骨正月から学ぶ。
 *果物の皮、茶がら、米糠も無駄にはしない。
 *姿勢を正して食べる習慣をつける。
 *からだと心をリセットするためにも背筋を伸ばせ。
 *噛むことで頭がよくなる。
 *噛めば運動神経も発達。

第2章 孫の心とからだを守るために。
 *健康なウンコとは何かを孫に教えよう。
 *放射性物質をからだから排出する食物繊維。
 *原爆被ばくとわかめの味噌汁、味噌の力。
 *たった10日間の和食で放射線量が低下。
 *ミネラル不足がキレる子どもを量産する。
 *さらに3つの由々しき事態を引き起こすミネラル不足。
 *ミネラル不足がアドレナリンの分泌を活発化する。
 *小学生が給食で食べたい和食とは?
 *食育は子どもに対する教育ではない。  
 *食は心で始まり、心で終わる。 

第3章 和食の素晴らしさを知っておこう。
 *和食を構成する食材はたった7つだけ。
 *元気になりたければ納豆豆腐汁に限る。
 *日本人は地球一のベジタリアン。
 *食物繊維豊富な和食が免疫力を高める。
 *大豆製品こそ私たち日本のたんぱく源。
 *日本の出汁は世界一。
 *清らかでおいしい日本の出汁の上品さ。
 *五味に六番目の味覚を加えた日本人。
 *煮染は優秀料理、祭りに、運動会にと大活躍。 
 *粒食民族は煮物が得意。
 *鍋を祀る神社が教える鍋の霊力。
 *おむすびは丸くないといけない。
 *創意工夫と芸の細かさが発揮された和えもの。 
 *「魚は動物? それとも植物?」と聞いたら……。 
 *孫が喜んで魚を食べるようにするには。
 *粥の効用を伝えよう。
 *粥には十の徳がある。
 *冬至にかぼちゃを食べる理由は。
 *日本人は昔から花をたくさん食べてきた。

第4章 孫に教えたい日本の伝統食材。
 *沖縄で出土した縄文遺跡から分かる昆布の旅路。
 *椎茸を祀る滋賀県の菌神社。
 *鰹節がカチンコチンなのはカビのおかげ。 
 *鰹節のうまみを作り出すのもカビ。 
 *化学調味料のほうが好きだと答える子どもたち。 
 *鰹節削り器をぜひ一家にひとつ。
 *いざというときは鰹節を持って逃げる。
 *ご飯と味噌汁、漬物は永遠の組み合わせ。
 *「畦道に大豆、田んぼに稲」の知恵。 
 *平安時代にあった4種類の醤油は肥えた舌の証明。
 *日本の伝統的な保存法は6種類。
 *梅干しは日本人の元気の素、心の安定にも寄与する。
 *まだまだある梅干しの薬理効果。
 *サラリーマンのサラリーは塩のこと。
 *からだの維持になくてはならない塩の力。
 *塩も太陽も生命には不可欠、だから霊力を持つ。
 *料理屋の入り口の盛り塩は牛のため。
 *日本人は水を食べる民族である。
 *日本の水に勝る水は世界広しといえども見つからない。
 *性格を作るのも水。甘い水を選んで飲め。
 *朝のお茶は戻ってでも飲め。

第5章 発酵食品のパワーをわが孫にも。
 *腐敗を知って発酵を尊ぶ。
 *発酵食品には5つの特徴がある。
 *孫の肥満には1日1杯のお酢を。
 *ネバネバ納豆は孫と一緒に。
 *がんの予防にもつながる味噌。 
 *世界一の漬物王国、その種類は80以上。
 *洋食系発酵食品の台頭。
 *祖母の肌をツルツルにした「美人水」。 
 *孫を美人に育てる十カ条。

第6章 小泉家に伝わる食事を孫たちへ。
 *何杯もご飯が進む昆布の味噌漬け。
 *糸引き醤油と自家製出汁醤油。
 *小泉家の酒粕、おばあちゃんレシピ。
 *味噌漬けの古漬けは古くなるほどうまさが増す。
 *ウナギは土鍋を使って温めて。 

第7章 日本の食は今、どうなっているか。孫にも少しは教えてほしい。
 *食料自給率と膨大な医療費から見えてくること。 
 *沖縄の食の変化がもたらした短命化。 
 *奄美は世界有数の長寿島。その理由とは?  
 *民族食こそが健康平均寿命を伸ばす。
 *長寿県になった長野の取り組みとは。
 *「医食同源」と「脱亜入欧」。 
 *6年の医学教育の中でまったく「食」を学ばない日本。
 *日本の「医食同源」の中心だった沖縄。
 *沖縄を代表する医食同源の食べもの。
 *海水と薬草を使うマース煮が教えるもの。 

最後に  

【著者紹介】
小泉武夫 こいずみ・たけお
東京農業大学名誉教授
1943年、福島県の酒造家に生まれる。東京農業大学農学部醸造学科卒業。農学博士。専攻は醸造学・発酵学・食文化論。現在は鹿児島大学、琉球大学、広島大学、新潟薬科大学、石川県立大学などの客員教授も務めている。世界各国を訪れ、その地の珍味、奇食を味わう‘食の冒険家’でもある。主な著書に『発酵――ミクロの巨人たちの神秘』(中公新書)、『発酵食品礼讃』(文春新書)、『食と日本人の知恵』(岩波現代文庫)、『不味い!』(新潮社)、『食あれば楽あり』(日本経済新聞社)など、食に関する著作は120冊を超える。「食の世界遺産」登録に向けた検討委員会委員をはじめ、数多くの分野で精力的に活動している。


…………………………

20170506051544dce.jpg


酒の十徳

小泉武夫(こいずみたけお)
昭和18年生まれ,東京農業大学農学部醸造学科卒,農学博士.主な著書は「酒の話」「発酵」「食あれば楽あり」など多数.専門は発酵科学,醸造学.

 そんなばかげたことは,もうなくなったと思っていたが,実はまだ行われている.一時,社会的問題にもなった酒のイッキ飲みだ.先日,渋谷の大衆酒場でそれを見たのである.男女入り乱れてキャーキャーワーワーという声があまりにもうるさいので,自分の席を離れて見にいってみると,いやもうそれは大変な破廉恥騒ぎであった.
 若者が,ビールや焼酎のウーロン茶割りのようなものを満々と注いだコップを右手に持って立ち上がり,「ではこれからイッキにまいりまーす!」なんて宣言し,それを飲みはじめる.すると周りの連中は,「イッキ!イッキ!」などと大合唱ではやし立てているのであった.
 先輩たちから伝授されてきた醜い儀式なんだかどうだか知らないが,そんなばかなことをさらに次の後輩に伝えていくのであろうから,まったくもって困ったものである.一時は下火になったかと思われたが,いまだに根強く残っているようだ.
 このイッキ飲み,いまさらいうまでもなく,百害あって一利なし.自分の適正酒量もわからぬ若者たちがアルコールをガブ飲みしたら,急性アルコール性ショック症や急性胃腸炎などを起こす危険性は非常に高い.現に毎年,イッキ飲みで数名が命を落としているという.
 飲めなかったら仲間はずれにされるから飲むのだろうか.それとも,よくやったといわれたいから飲むのだろうか.いずれにしても酒を遊びの道具に使うという,これほど堕落性に満ちて排他的な酒の飲み方をする国民を私はほかに知らない.そして,あのイッキ飲みから思い当たることは「イジメ」の体質である.イッキ飲みをした者には罰を与えず,それを行わない者には強要する.酒というのは,そもそもガブ飲みするものではなく,適量を知って味わって飲むものである.腰を抜かすほど酔っぱらうような人には,酒を飲む資格がない.

洗練された酒の飲み方

 こんな時代の堕落した酔っぱらいには,江戸時代の酒客たちの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい話がある.実は江戸時代の酒の飲み方は,現在よりもはるかに洗練されていた.
 『餅酒論(もちさけろん)』という一種の知的なゲームからそのあたりが解明されるのだが,これは,餅が好きな人と酒が好きな人たちが集まり,餅組と酒組の二組に分かれて,餅と酒のどちらがすばらしいか,また,相手にはどんな欠陥があるかなどの議論をたたかわすというものだ.その様子は,ニュースで見るイギリスの議会を思い浮かべるといいだろう.与党議員と野党議員が右と左に分かれて,お互いに向かい合ってディスカッションするあれを江戸時代の日本人がやったのである.
 一方には,餅が好きで酒が嫌いだという甘党が座り,もう一方には餅なんてとんでもない,酒だという辛党が座る.そして,餅党は酒の悪いところと餅のいいところを論じ,酒党は,餅のだめなところと,酒のすばらしさをいう.これが『餅酒論』である.結論としては酒も餅もほどほどがいいということで決着がつくのだが,いかにも知的なやりとりである.
 『餅酒論』の起源はかなり古いようで,室町時代の狂言に『餅酒』というものがある.このあたりからずっと受け継がれてきたのだろう.
 ところで,この『餅酒論』の結論として酒組のまとめた「酒の十徳」というものが出てくる.これは酒の持つ十の効用を並べあげて,酒を称賛したものである.それによると十徳の第一は「酒は独居の友となる」.つまり独り淋しいときに,酒は友人のように自分を励ましてくれるというものだ.
 第二の徳は「労をいとう」.仕事で疲れた体を酒が安らかにしてくれるということ.
 第三は「憂を忘れる」.文字どおり,酒にはいやなことを忘れさせてくれる効用がある.
 第四は「鬱(うつ)をひらく」であり,心の愁いを払ってくれるというのである.
 第五は「気をめぐらす」.前の項と関連があるが,酒は体に活気をみなぎらせるということ.
 第六の徳は「推参に便あり」.すなわち祝いや見舞い,土産などに持っていくと大層喜ばれるということだ.
 第七の徳は,酒が「百薬の長」であるということ.ほどよく飲んでいれば,酒は健康を保ち,延命の効果さえあるという.
 第八は「人と親しむ」.まさに,酒は人の心を開く.酒は人と人をつなぐ接着剤のような役割をする.
 第九の徳は「縁を結ぶ」で,酒によってすばらしい人との出会いがあるということ.
 そして第十の徳は「寒気の衣となる」.寒いときに酒を飲むと体が温まるので,ちょうど衣を着たようなものだというわけだ.
 どうだろうか.昔の人は,このような酒の十徳をつくって酒を敬っていたのである.
 もっとも,「酒に十徳あり」と決めつけている古文書ばかりではなく,害のあるものだと記しているのも少なくない.そこには「狂水(くるいみず)」「地獄湯(じごくとう)」「狂薬(きょうやく)」「万病源(まんびょうのもと)」などといった言葉で酒害を説いている.

酒は心で始まり,心で終わる

昔は元服式を迎えると,正しい酒の飲み方を通じて礼儀作法や精神の修養も教えた(小泉武夫著『日本酒ルネッサンス』中公新書より).

 確かに,ほどよく飲めば十の徳を持ち百薬の長となる酒であっても,飲み方を誤れば狂水にも地獄湯にもなろう.イッキ飲みや自己排他的酒飲みをするような現代人には,酒は狂薬となって万病の源となるに違いない.
 酒の力を借りて威張ったり,酒の力を借りてストレスを発散したりといった飲み方は,本来の酒の飲み方ではない.酒を敬い,酒の心を知って,自分の心をそれに照らし合わせながら,酒を身体のなかに入れてやる.それが酒飲みに必要な心なのである.酒は心で始まり,心で終わるものだと私は信じている.
 貝原益軒は『養生訓』で,次のような名文を訓じた.
 「酒は少し飲めば陽気を補助し,血気をやわらげ,食気をめぐらし,愁を去り,興をおこして役にたつ.しかし,たくさん飲むと酒ほど人を害するものはほかにない.ちょうど水や火が人を助けると同時に,また人に災いをするようなものである.」
 ここにイッキ飲みをする現代の若者たちのために,江戸時代の一枚の絵を載せることにする.元服(げんぷく)(今でいう成人式で,当時は十一歳~十六歳ぐらいで行った)の時に正しい酒の飲み方を両親や祖父母から厳粛に教わっているところの絵だ.堕落した今の世ではとうてい考えもつかない光景である.成人式で爆竹を鳴らしたり,主催者側を恫喝して式を混乱させたり,イッキ飲みしてばか騒ぎしている若者たちが,この一枚の絵から何ものかをつかみとって目覚めてくれれば幸いだ.

関連記事