自転車の日

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越山若水 5/5

自動車は4輪で、円いハンドル。と思うのは米国の量産車「T型フォード」に影響されてのことらしい。ドイツの自動車は初め2輪や3輪で、ハンドルも円くない。

なぜか。博覧強記の作家荒俣宏さんの解説が面白い。フォードが目指したのは「馬なし馬車」。かたやドイツのベンツが作ったのは「自動自転車」なのだ、と。

19世紀後半は自転車も黎明期。馬車や蒸気機関車と違い自由、軽快と人気を得た。それを原型としたのがベンツ車だ、と「サイエンス異人伝」(講談社)にはある。

つまり、欧州の自動車は自転車と同じ娯楽のための乗り物。「ツール・ド・フランス」「F1」のような自転車、カーレースが道理で、100年以上も前から続いているわけだ。

そんな気風が、日本にもようやく根付いてきたのだろうか。自転車活用推進法が施行された。5月を「自転車月間」、「こどもの日」のきょう5日を「自転車の日」としている。

法律だから環境保護や自動車依存の低減など、いろいろ理念を盛っている。けれど一口に言えば、もっと自転車に親しもうということなのだろう。

思えば自転車には長く乗っていない。小宅にある3台はどれも赤さびだらけ。この体たらくでは気が引けるが、言い分もある。最寄りの道路は車の通行量が多く危ないのである。自転車道をとは言わない。せめて車は自転車に敬意を。

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内容

かつて、電気から電波、エレクトロニクスへと発展していくにつれて消え去った「実体」が、21世紀になって、「科学家電」と呼ぶべきスマホなどの登場でよみがえり、科学が「手触り」の世界に戻ってきた。科学がふたたび人間と機械を通して語られ、未来の科学はもはやSFではなくなった。20世紀に突如として現れた発明品と発明者の伝記を読み解くことで、いままた現代科学が「素人にも理解できる」機械と人間からなる実体(リアル)へと変わる。

目次

第一部 ドイツ科学の光芒
スペクトルとスペクタクル/科学を見せる劇場のこと――ジオラマの歴史/彫らない版画の誕生/薬種店と一角獣/機械がつくった「馬」/リリエンタールの幻の翼/ロコモーティヴの啓示/ベンツの祖先は自転車だった/Uボートは人食いザメ/ジーメンスの通信革命/バベジの原コンピュータ/ロボットとからくり人形のはざま

第二部 アメリカ科学の愉快
電話の発明とヘレン・ケラー/メンロパークの魔術師/万博のタイムカプセル/自然史博物館とスミソンの功績/空飛ぶ自転車の怪/女の脚を変えた発明/ロケット発明家ゴダードの悲劇/ドイツから来たロケット学者/ターボジェットを発想した男/革命児ノイマン、ここにあり/プリストン高等研究所にて/エピローグ――抽象と新科学

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○荒俣宏『サイエンス異人伝:科学が残した「夢の痕跡」』(ブルーバックス) 講談社 2015.3

 オットー・リリエンタールの白黒写真をあしらった表紙を見て、どこの新書だろう?と思ったら、ブルーバックスだった。高校生の頃は、かなり愛読していた自然科学・技術・工学系の新書シリーズである。本書は、第一部:ドイツ、第二部:アメリカで構成される近代科学の物語。

 著者によれば、18世紀は、力を象徴する蒸気機関、あるいは力学を主とするイギリス科学の時代であり、19世紀前半はフランスの理論科学の時代、そして19世紀後半から20世紀の前半は「独特な哲学と理論を背景にして事物を精密に計測することから発展した」ドイツ科学の時代と考えられている。近代国家の形成に出遅れたドイツは、古い文化や民間の叡智をもとに、国民文学や国民音楽を創り出した。その「ドイツ精神」(ドイツ・ロマン主義)は科学の分野にも活かされているという。

 ドイツに学んで、科学をビッグビジネスに導いた20世紀のチャンピオン、アメリカは、開拓時代からドイツとの間にさまざまな因縁を持っている。アメリカには、イギリスだけでなくドイツからも多くの入植者があった。クリスマスを祝う習慣や、案山子のお化けもドイツから持ち込まれたという指摘には納得してしまった(確かにイギリスの都会的な幽霊とは異なる、農村ふうの奇譚や怪談が多いかも)。

 先を急いでしまったが、ドイツ編もアメリカ編も、著者が現地の博物館を訪ねた体験をもとに書かれている。ドイツは、ミュンヘン(旧バイエルン領)にある国立ドイツ博物館。展示の様子が多数の写真で紹介されており、興味深い。フラウンホーファー線の発見で名高いフラウンホーファーの作業室には、いかにも職人の作らしい(飾り気のない)望遠鏡や光学機械が整然と置かれている。石版印刷機を備えた19世紀の印刷工房や、陶器の壺と引き出しがびっしり並んだ1800年頃の薬房、中世の錬金術工房も。

 面白かったのは、動力をめぐる物語。初期の水車は水平に回転する機械だった。なぜなら人間や牛が回していたひき臼を水流にあてがったものだったから。やがて水力を効率的に利用する垂直回転の水車が発明される。しかしローマ帝国では「奴隷や貧民の仕事を奪わぬため」水力設備の建設を制限した。著者はいう、伝統ある国々では、社会のライフスタイルを一変させる科学的発明は、まず「悪魔の発明」として弾圧される。ドイツでは「社会に受け入られる発明」は、ギルド内の職人の発明に限られた。だから(倒錯的だが)ドイツの発明史は職人科学の歴史なのである。あと西洋では10世紀頃まで、農耕用の牽引具がすべて牛を想定して作られていたので、馬の力を発揮させることができなかった。後世から考えると、原因と結果が逆のようだが、社会の「慣性」が今よりずっと強かったことが窺われる。

 19世紀後半の欧州では、長距離の大量輸送システムは、イギリスで生まれた蒸気機関車(ロコモーティヴ)が担っていた。一方、短距離と個別のトランスポーテーションは乗合馬車や辻馬車が担っており、輸送手段としての自動車が入り込む余地はなかった。けれども、スピード感と操縦性を楽しむ「娯楽」として、自動車は人々の心をとらえ、20世紀の路上の王者に育ってていく。このまえ読んだ『銃・病原菌・鉄』にも、「必要は発明の母」というのは誤りで、発明の使い道は発明のあとに考え出される、という趣旨の記述があったことを思い出した。

 アメリカ編は、もちろんワシントンのスミソニアン博物館モールから。航空博物館と飛行家、宇宙開発の物語は私も大好きだが、ここはグラハム・ベルと電話の発明の話を取り上げたい。いつも多忙をきわめ、動き回っていたベルは「家族から切り離された孤独感」を感じていた。その孤独感を埋めるため、電話機を必要としたというのである。ただし、そればベルが家族に話しかけるためではない(ベルの母親と妻は、どちらも耳が聞こえなかった)。ベルのデザイン画では、ベルの肖像は遠方の他者の声を聞く「受話器」の側に描かれている。ベルにとっての電話は、ビジネスや事務的必要やインタラクティブな用途のため機械ではなく、何の用事もないときに相手の声を聞いていたいという、プライベートで受動的な欲望のための機械だった。なんか素敵だ。

 アメリカ編の最後に、著者はワシントンを離れ、プリンストン高等研究所を訪ねる。アインシュタインや湯川秀樹が所員だったことで名高い。学生はいないので、授業はなく、成果発表や論文執筆の義務もない。ただ思索にふけることが彼らのつとめである。運営は、とある財閥の寄付金で賄われている。ううむ、やっぱりアメリカってすごい国だ…。

 なお、本書のオリジナル版は、1991~93年の取材に基づいて書かれたものであることが「エピローグ」に告白されている。今から20年以上前の話だが、歴史的な記述なので、古くささや違和感は特になく、最後まで面白く読むことができた。
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