着衣泳

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中日春秋 4/28
 
宮城県東松島市の野蒜(のびる)小学校の体育館は、その時、洗濯機のようだったという。大きな揺れの後、体育館には児童や住民ら三百人ほどが避難していた。そこを津波が襲ったのだ。

ピアノも人も津波が生んだ渦にのまれた。三人の子とともに避難していたお母さんは、死を覚悟した。だが、十二歳の長女の姿を見て、われに返った。まるでラッコのように、巧みに水面に浮かんでいたからだ。

あおむけになって手足をばたつかせず、靴の浮力を生かすため両足を大きく広げていた。肺の空気が減らぬよう、お母さんの呼び掛けに返事をしたのは、一回だけ。学校で教わった「着衣泳」を実践していたのだ。

野蒜小の体育館では住民ら多くの命が失われ、きのうは仙台高裁で学校の避難誘導のあり方についての判決があった。問うべき責任や学ぶべき教訓は多々あろうが、着衣泳指導がなかったなら、さらに犠牲は大きくなっていたかもしれない。

水難学会の斎藤秀俊会長によると、着衣泳を学ぶ小学校は八割ほどになった。その成果か、中学生以下は水難に遭っても助かる率が八割になった。しかし大人はまだ四割ほど。

「子どもは助かったが、親は助からなかった。そんな悲劇を防ぐために、水の季節を前にPTAの行事として親子着衣泳教室を開いてはどうでしょうか」と斎藤会長は提案する。「親子でラッコに」の勧めである。

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