捨てる 捨てない

中日春秋 4/27

<捨てる。/捨てない。/忘れる。/忘れない。/戻る。/戻れない。/帰りたい。/帰れない。/遠い。/近い。/どうする。/どうしようもない。/陽炎の/向こうに。/ゆれて見える。/わが故郷。>

これは、福島県相馬市に住む根本昌幸さん(70)の詩集『荒野に立ちて』に収められた詩「わが故郷」だ。その故郷・浪江町は原発事故で全町避難を強いられた。

今春、避難指示は解除されたが、家は荒れ、先祖代々耕してきた田に汚染土を詰めた袋が積み上げられている。捨てる。捨てない。戻る。戻れない。この一つ一つの句点に、区切ることができない心の揺れが凝縮しているのだ。

だが、句点一つの重みも分からぬ人が復興相を務めると、こんな言葉が飛び出す。「古里を捨てるというのは簡単」「(震災が起きたのが)まだ東北で、あっちの方だったからよかった。」

ついに辞任に追い込まれたが、自民党の幹事長が「人の頭をたたいて血を出したっていう話じゃない」と擁護するような発言をしたという。時に刃物より危険な言葉の力が分からぬのなら、言論の府にいる資格が問われよう。

根本さんは、こういう詩も書いている。<人が人を/虫けらや獣のような/扱いをしたとき。/言葉はすくっと/立ち上がるだろう。/そして人に向かって行くだろう…>。政治に求められるのは、そんな言葉ではないのか。


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根本昌幸詩集
『荒野に立ちて ―わが浪江町』 
核災によって福島県浪江町の全町民はいまも避難生活を続けていて、その六割の人びとは数年後も帰還できないとされている。根本昌幸さんはそのひとりである。望まずして町ぐるみで故郷を追われ、暮らしを失うことがどういうことなのか。根本昌幸さんの悲痛な思いが読む者の心を撃つ。 帯文 若松丈太郎(詩人・南相馬市在住)


【目次】


序詩 望郷詩

一章「荒野に立ちて」

浪江町大字苅宿
ほたる
犬に写真を見せる
わたしすきな人ができました  
孫 と
待っている
瓦礫の海辺
ここから先
荒野に立ちて
眠れぬ夜に
わが浪江町

二章「バラバラ事件」

バラバラ事件
歩 く
津 波
福島県
死んだ町
わが故郷
誰もいない
ふるさとは
ふるさとがない
帰還断念
故郷喪失

三章「柱を食う」

飯舘村にて
柱を食う

散 歩
花と喋る
しあわせな時間
殺すな
白い鳥
遠いどこかの国で

四章「新しい朝に」

今日も
竹の子
苦 労

太 陽
言葉が暴力を
一 度
老い入る

星 空

新しい朝に

【解説】浪江町の悲しみと祈りを書き記す人 鈴木比佐雄
あとがき
略 歴



「荒野に立ちて」




荒野に立ちて
わが古里の町を見た。
ここにかつては
私たちの
町があったのだ。
楽しい暮らしがあったのだ。
緑の豊かな町
美しい川が流れていた町。
小鳥のさえずりがあって
目覚めて
それから
仕事へ出掛けた。
あれはすべて夢幻であったのか。
枯れた草におおわれて
何も見えない。
古里を追われた者の
大きな悲しみが
分かるか。
古里を追われた者たちの
胸の痛みが
分かるか。
今 荒野に立ちて
わが町を見る。
ここに この所に
人々の平凡な暮らしがたしかにあったはずだ?
しかし
あれはやはり幻だったのだ。
どこをどう見回しても
何も見えはしない。
荒野に立ちて
独り涙を流す。
青空と太陽だけが
しらぬふりして
ほほえんでいる。

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