婉曲表現

中日春秋 4/24

次の率直な文では人を傷つけてしまいます。もっと遠慮がちな文に改めてください。例題その(1)「彼はいやなやつなので、私は付き合いたくない。」

「バカに見られないための日本語トレーニング」(樋口裕一さん・草思社)から引いた。かつての日本人といえば、本音と建前を巧みに使い分ける国民性で知られていたが、最近はそうでもないのか。とりわけSNSの短い文章に慣れた若い人はまどろっこしい婉曲(えんきょく)表現が苦手なようで、この手の指南本が重宝されているらしい。

答えの例としてこんな言い換えがあった。「彼のような人物と付き合ったことがないので、うまくやっていく自信がない」。元からすれば、半分以上ウソになっている気がしなくもないが、確かにこの言い方ならさほど波風は立つまい。

こっちは「本音」に関する話題か。米国のフェイスブックが指や声を使わず頭に思い浮かべただけで文字を入力する新技術を開発中と発表した。

実現すれば、指より五倍速く入力できる。助かる人もいるが、頭に浮かんだだけでというところで例題その(1)を思い出し、ひるみもする。

無論、頭の中で婉曲表現を使った文を作成すれば、よいのだろうが、感情むき出しのおそろしき文をつづることになるまいかと実用化のめどさえない研究に気をもんでしまう。実用化されてもたぶん永田町界隈(かいわい)では怖くて導入できないか。

…………………………

201704240624474bf.jpeg

 会社内で、このような言い方をするといまやパワハラ、ブラック企業ということで問題になります。これをパワハラにならないように言い換えてください、という問題が本書(『バカに見られないための日本語トレーニング』樋口裕一著)、134ページにあります。解答の一例として、
 「しっかり仕事をして君の地位を安定させてください」
 という言い方が示され、「プラスの面を強調せよ」などと説明されています。この通りに言うのかはともかく一つのヒントになります。いずれにしろ、最近、このようなパワハラやセクハラに気を付けるようにという社会風潮が強まっています。またネット上では政治的公正(ポリティカル・コレクトネス)な言い回しをしないとすぐ叩かれたり、いわゆる炎上騒ぎになることもしばしばです。つまり、以前よりメールや会話の言い回しに気を付けなければならない社会になっているのです。ところが一方では「死ね」とか「ブス」とかの若者たちの乱暴で短絡的言葉も相変わらず大はやりです。ネット社会の進展とともに語彙力も衰退しつつあるようです。
 本書はこうした社会に対応するためにもっと言葉の力を鍛えようという考えから作られた日本語問題集です。

 例えば、次のような問題があります。

◎「スーパーで買ったブドウが中のほうが腐っていた、どうやって苦情を伝えるか」(57ページ)
◎「上司のお別れの会に娘のピアノ発表会で行けない、失礼にならないようにどう断るか」(233ページ)
◎「『今日は私がご馳走するよ何がいい』と目上の人に言われて『牛丼でいいです』と答えた。この答え方に間違いがあるか。もっと印象が良くなるように言い換えよ」(145ページ)

 など、本書には語彙を豊かにし、言い回しを学ぶ200問以上の問題が掲載されています。
 著者の樋口裕一氏は高校・大学生のための小論文指導の第一人者であり、ベストセラーとなった『頭がいい人悪い人の会話術(PHP新書)など文章や会話の本を多数著わしています。いま社会人としてはこのようなノウハウが最も必要とされているのではないでしょうか。

 では最後にもう一つ。

◎「あなたのでっかいおっぱいにそそられる」この文をセクハラにならないように書き換えよ。
 こんな無茶な問題もあります。
 解答は本書135ページに。

…………………………

『バカに見られないための日本語トレーニング』(樋口裕一/草思社)

 見知らぬ人とも簡単にコミュニケーションが取れるSNSは今やなくてはならない通信手段。どこにいても手軽に素早く、発信ややりとりができることは便利な一方、話し言葉がそのまま使え、ネットスラングも氾濫する環境の中、いざ、ビジネスの場や目上の方とコミュニケーションを取るとなったときにきちんとした言葉を使えずに困ってしまう場面はないだろうか。そんな人たちを救うべく、相手の心をつかみ、上手に人間関係を築けるようになる日本語力の身に着け方を教えてくれるのが、『バカに見られないための日本語トレーニング』(樋口裕一/草思社)だ。

 著者は小論文指導の第一人者で、ベストセラーとなった『頭がいい人、悪い人の話し方』をはじめ、数多くの書籍を出している樋口裕一氏。「言葉はまさしく“中身”を表す」という文章添削のプロが、問題形式で日本語力を伝授する本書。その中から、人の心を動かす言葉の使い方のポイントと問題・解答例を紹介してみよう。

■本音をオブラートに包んで表現する

問題 次の率直な文では人を傷つけます。もっと遠慮がちな文に改めてください。
「彼はいやなやつなので、私は付き合いたくない」
解答例「彼は私とは考え方が違うようで、いっしょに行動するのはむずかしそうだ」

 このように、少し遠まわしで遠慮がちな言い方にすると和らぐ。他にも、批判する、言い訳する、自慢するなど、本音を隠したりわからせたりするには、相手の気持ちを汲みとりながら、多くの言葉を操ることが必要となる。

■しっかりとした知的な言葉を用いて人に伝える

問題 次の文を、ほぼ同じ内容のことを語る格調高い文に改めてください。
「子どもたちの勉強する力が落ちていることが問題になっている」
解答例 「子どもたちの学力低下が問題視されている」

 見知の人や不特定の人に対する場合や公式の場では、新聞や雑誌のようなしっかりとした文体で。仲間うちではくだけた文章、お店などであれば丁寧な表現にして伝えるなど、時と場合、相手によって、言葉遣いを使い分けることこそが社会人のマナー。そして、そこに必要なのが語彙力。語彙力がないと、正確に人に思いを伝えられない。

■マナーにかなった言葉を使う

問題 次の文をパワハラにならないように改めてください。
「こんなこともできないんなら、明日からもう会社に来るな」
解答例 「しっかり仕事をして、君の地位を安定させてください」

 言葉遣いにもマナーがあり、これを守り、使いこなすことで、常識的で教養のある人間とみなされる。敬語はもちろんのこと、上記のようなデリケートなことでも、少し工夫することによって、だれからも問題にならずに伝えることができるという。

 本書内には他にもさまざまな角度で日本語力を試される問題がたくさん出されている。簡単なようで意外と答えに苦しむ箇所もあるが、著者ができるだけ楽しく問題が解けるように工夫したというだけあって、思わず笑ってしまうものも多い。これを読んで、見た目だけでなく中身も磨き、美しい言葉遣いのできる知的で感じのいい大人を目指そうではないか。

関連記事