四分三十三秒

中日春秋 4/23

現代音楽家のジョン・ケージの「四分三十三秒」といえば、無音の音楽である。ピアニストは何も音を出さない。

今でこそ有名だが、一九五二年八月、初演時の観客の反応はさんざんだった。演奏後の質疑応答では「この作曲家を町から追い出せ」の声が上がったし、ケージの母親までが「今回はやりすぎね」と語ったと伝わる。

ケージの音楽を連想するような一冊の本が米国で売れているそうだ。米共和党支持者で俳優のマイケル・ノウルズさんが十五分ほどで書き上げたという『民主党に投票する理由』。

章立てなどを除き、ほとんどが白紙である。民主党を支持する理由なんて「どこにもない」という皮肉なのだろう。トランプ大統領も素晴らしいと絶賛している。

党派的対立の強い、かの国において、この手の政治的冗談や皮肉は珍しくもないが、十ドル近い真っ白な本が十万冊近く売れている現象がよく理解できない。それが反対意見や別の考えに対する、「何もない」という決めつけ、耳を貸さぬという意思表示だとすれば、その排他的風潮が正直恐ろしくもある。

さてケージによれば、あの曲は無音ではない。初演後にこう語った。「最初は風がそよいでいる音、そして屋根に雨が当たる音。最後には聴衆が出て行く音が聞こえたはずだ」。完全な無音など、あり得ない。聞こえぬのは聞こうとしない態度のせいらしい。
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