公認会計士

中日春秋 4/14

 なぜ、公認会計士という仕事は生まれたのか。歴史学と会計学を研究するジェイコブ・ソール氏の『帳簿の世界史』によると、公認会計士を生んだのは鉄道だという。

世界初の蒸気機関車が試験走行に成功したのは、一八〇四年。それから四十年もたたぬうちに英国の鉄道の総延長は九千七百キロになった。米国では一八七〇年までの三十年間に総延長が一万一千キロから八万二千キロになった。

当然、莫大(ばくだい)な資金が注ぎ込まれたが、鉄道会社では粉飾決算がまかり通っていた。それでは安心して投資できぬし、鉄道の経営が破綻すれば、経済や国政にも大混乱をもたらしかねぬ-との危機感から、公的に認められた会計士の集団が生まれたという。

そんな草創期からの伝統を持つのが、世界四大会計事務所の一つプライスウォーターハウスクーパース(PwC)。そのPwCが「まだ解明すべき疑惑がある」と指摘しているのに、決算の発表に踏み切ったのだから、東芝の闇は深い。

原発事業がとてつもないリスクをはらんでいることに目をつぶってのめり込み、ついには会社そのものが炉心溶融を起こしたかのようだ

鉄道建設をめぐる不正が横行していたころ、作家のマーク・トウェインは、こう書いたという。「鉄道は嘘(うそ)に似ている。建設し続けないと維持できない」。鉄道を原発に置き換えれば、今でも通じる警句ではないか。

201704140534162e1.jpeg

■国家の繁栄と没落、分ける法則

 教会法で金貸しが禁じられていた一四世紀のイタリアで、最後の審判を恐れる商人や金融業者が少しでもその罪を軽くするために会計の透明性を高めようとしたという歴史的事実には微笑を誘われる。粉飾のない会計帳簿と生前の罪を告白する懺悔(ざんげ)はまさに表裏一体だったのである。利益と損失の厳密な記録である帳簿は会社の経営や国家の統治の実態を如実に示す証拠になる。不都合な真実は隠蔽(いんぺい)したがるのは人間の常だが、赤字だらけの帳簿もその一つだ。財布を握っている者が権力を持つことは自明だが、権力者はしばしば粉飾の誘惑に駆られるようである。本書ではローマ帝国からルネッサンス期のメディチ家、一六世紀のスペイン、東インド会社、ブルボン朝、建国期のアメリカ、ナチスドイツ、大恐慌、リーマン・ショックに至るまで豊富な破綻(はたん)例をフォローし、繁栄と没落を分ける法則を帳簿の扱い方に見出している。
 国家存亡の危機は侵略や戦争、内乱、失政によってもたらされるが、いずれの場合も会計の破綻が直接的な引き金になっている。施政者が国庫の状態を顧みず、借金を重ねれば、どれだけ繁栄を謳歌(おうか)した国家でも没落する。この歴史的法則を踏まえれば、施政者に最も求められる資質とは、何はさておき会計に対する健全な感覚や知識であるということになる。目下の日本の財政は国債依存度が突出していて、税収が五十兆円ほどなのに、GDPの二倍、一千兆を超える借金を抱えている。年収が五百万しかないのに借金が一億円以上ある家庭と同じ状態だ。財政的にはすでに国家存立の危機に瀕(ひん)しているが、さらに地震、津波、火山などの災害、原発事故がそれに追い討(う)ちをかける。そんな中で、他国の戦争の応援に駆けつけるカネが何処(どこ)にあるというのか? 増税と福祉の削減は覚悟しなければならないが、国民の貯蓄まで供出させられることになりかねない。
    ◇
 村井章子訳、文芸春秋・2106円/Jacob Soll 68年、米国生まれ。南カリフォルニア大教授(歴史学・会計学)。



20170414053417319.jpeg 20170414053419103.jpeg 201704140534204e2.jpeg 20170414054457596.jpeg
関連記事