ありがとう 真央

中日春秋 4/12

二十世紀前半に活躍したピアノの名手アルトゥール・シュナーベルは、自らの音楽をこう評したという。

「私の出す音は、他のピアニストと比べ特に素晴らしいわけではない。だが、音と音とのあいだの間(ま)-その間にこそ、私の芸術は宿るのだ。」

この人のスケートの神髄もまた、「間」にあったのではないか。しなやかな動きが生む、空間がふわっと広がるような「間」。すぐれた音楽を聴き終わった瞬間に感じるのと同種の余韻を持つ終演後の「間」。浅田真央さんは、そんな独特の「間」を持つ選手だった。

とりわけ忘れられぬのは、ソチ五輪での「間」である。ショートプログラムで十六位と沈み、臨んだフリー。渾身(こんしん)の演技が終わった後の十五秒間、あふれる思いを噛(か)みしめるような「間」をとった後、笑顔を見せた。あれは、どんなメダルの色にも負けない美しさを湛(たた)えた静寂の時だった。

成長の軌跡を描いた『浅田真央 さらなる高みへ』(吉田順著)によると、彼女は試合中にトリプルアクセルがうまく跳べた時、「誰かが持ち上げてくれた」という不思議な感覚を覚えたことがあったという。そんな時は「見えない力」に感謝して、心の中で「ありがとう」と言ったそうだ。

その演技と笑顔には、見る者の心を持ち上げてくれる不思議な力があった。引退の報に接した今、言えるのは「ありがとう」のひと言だ。 

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目次

・序
・第1章 笑顔の誕生
・第2章 天才少女
・第3章 世界へ
・第4章 真央フィーバー
・第5章 アイスキャッスル
・第6章 世界女王
・第7章 耐えるシーズン
・第8章 スランプ
・第9章 復活への道
・第10章 夢舞台
・エピローグ さらなる高みへ
・あとがき
・「氷上の軌跡」 


苦難を糧にした成長の軌跡

 天才というだけならほかにもいる。しかし浅田真央には「この子、大丈夫か?」と思うくらい、何か途方もなく純粋なもの、一途なものを感じて、どうにも目が離せなかった。
 誕生から昨年末の全日本選手権まで、究極のフィギュアスケーターを目指して彼女が歩んできた道を当人や家族、コーチらへのインタビューを基にたどる。
 驚いた。まるで『ガラスの仮面』の北島マヤだ。世界ジュニア選手権に初出場で初優勝した天才少女は快進撃を続ける。だが幾多の災難が降りかかる。スケート靴の紛失、外国人コーチの離反、得意技を封じ込むかのごとき採点ルールの変更、足首のけが。

 だが彼女はいじけないし、あきらめない。「成功しても失敗しても、すべて自分で引き受ける。言い訳は絶対しない」。問題は周りではない。ただ自分で納得のいく演技ができるかどうかだ。それゆえに彼女が味わった喜怒哀楽や、苦難を糧に成長する姿を本書はまっすぐに追いかける。
 バンクーバー五輪で暗い、重いと不評だったフリープログラム曲「鐘」を選んだのは浅田自身だった。帝政ロシア崩壊時の民衆の怒りと嘆きが込められた曲に、彼女は自分に必要な「人間の力強さ」を見いだした。
 それから続く長いスランプと、五輪で流した涙を私たちは知っている。氷上で何度転んでも、立ち上がっては全力で滑る姿も。
 3月、東京で予定された世界選手権は震災のため延期された。力強い復活の姿を見ることができるのは、もう少し先だ。
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