敬遠

春秋 4/8

「ミスタープロ野球」と呼ばれた元巨人の長嶋茂雄さんは、バットを持たずに打席に立ったことがある。1968年5月11日の中日戦。バットを忘れたのではなく、敬遠四球に抗議するため。3球目から素手だけで構えた。

「お客さんは、敬遠ではなくバットを振るのを見に来ているんだ」。後にそう話したそうだ。敬遠は強打者の宿命だが、長嶋さんは敬遠気味のボール球を強引に打って本塁打やヒットにしたことも。ファンを大切にしたミスターらしい逸話だ。

92年の夏の甲子園大会。星稜の4番松井秀喜選手は5打席連続で敬遠された。松井選手は一度もバットを振らないまま星稜は敗れた。必勝の作戦か卑怯(ひきょう)な振る舞いか。賛否両論が巻き起こった。

とかく物議を醸す敬遠である。米大リーグは今季、守備側の監督が審判に敬遠を告げれば、打者は投球なしに一塁に進める制度を導入した。目的は長い試合時間の短縮。米国らしいドライな考え方だ。

「敬遠も野球の一部。変える必要はない」と反対していたのはイチロー選手。勝負を避けた投手や次の打者の心理、騒然とするスタンド…。野球は一球ごとの駆け引きを楽しむスポーツであると思えば、敬遠宣告制は味気ない。

バットを持たず打席に立った長嶋さんに、相手投手は2球ボールを続けて四球に。まさか素手でも打ちそうと思われたのではなかろうが、さすがミスター。敬遠にも伝説を残した。


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