薬毒 同源

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植物のトリカブトは誤って食べると神経毒が作用し命さえ危うくなる。一方で鎮痛や利尿効果などがある生薬を調製できる。毒にも薬にもなる、そんな二面性を「薬毒同源」と呼んでいるそうだ。薬学博士船山信次さんの近著で知った。

 「薬」は人類を病から救い「毒」は悪用された。古代ギリシャの戦争で有毒ガスを出す硫黄が使われる。化学兵器の戦争になった第一次大戦下の1915年、ドイツはベルギー戦線で数千本のボンベから塩素ガスを放った。仏軍などに多数の死者が出た。

 開発したのはユダヤ人科学者フリッツ・ハーバーだ。トマス・J・クローウェル著「戦争と科学者」によればハーバーの実家は塩素を使う染料工場だった。戦争が始まると工場はどこも需要がなくなり塩素が大量に余った。毒性が強い塩素ガスを発生させる原料に事欠かなかった。

 作戦成功から10日後、妻が自殺した。同じ化学の研究者で夫の行為を許せなかった。ハーバーは後に別の研究でノーベル賞を受けるが、ナチス時代はドイツを離れ65歳で亡くなる。遺言に〈戦争のときも平和のときも許される限り国に仕えた〉と書いた。

 シリアで猛毒サリンが使われたらしい。ナチス政権のドイツが開発した化学兵器だ。船山さんは環境破壊も踏まえて問う。次の生物の大絶滅は人類が毒になる、あるいは対象になる恐れはないか、と。けいれんを起こしているシリアの子どもたちの映像を見て、その警鐘が胸に重く響いた。


…………………………


マッドな科学の世界へ・・・。
というわけで、今日はあの悪名高き「サリン」です。
これは記憶に新しいところで、あのオウムが撒き散らしたことで
とても有名になりましたが、その構造は非常に単純です。

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これが悪魔と言える化学兵器サリンの構造式ですが、
正式名称がイソプロピルメタンフルオロホスホネートと言います。
有機化学の名称ってとても長ったらしくて舌を噛みそうな
名前ばかりだと思いますが、これもちゃんと意味があります。
これですと、イソプロピル、メタン、フルオロ、ホスホネートと4分割
できまして、直訳すると、「もう1つの炭素3つ」、「炭素1つ」、「フッ素」」
「リン酸化物」となります。
構造が線だけの時は炭素(C)と水素(H)が省略されているという
ルールですので、始めの「もう1つの炭素3つ」が一番左、「炭素1つ」は
一番右の構造を言っています。さらに「フッ素」はFなので下、
「リン酸化物」というのはこの全体の構造(POO)を指します。
こういう長くてややこしい名前にも一定のルールがあるということだけ
覚えてもらえるといいと思います。

さてこのサリンですが、構造が簡単なのでリン酸化物と
イソプロピルアルコールが原料という非常に安価なものです。
さらに不安定な物質で、熱分解や加水分解によってすぐに
無毒化されてしまうので、テロや殺人などにはもってこいの物質
だったりします。ただ、昔報道で言われていたようにすぐに誰でも
作れるというものではないので、安心してください。
もちろん、数段階と言う合成経路で済んでしまうので、簡単に見えますが
温度調整や安定化という意味でかなり大変で、
あのオウムですら、プラントという施設を大量に作って、
有機化学の専門チームに任せていたわけです。
ただ、リン酸系の農薬からも不可能ではないことだけは言っておきます。
もちろん、これを作るためには大きな設備が必要なので、
個人レベルでどうこうはできませんが・・・。

このサリンは神経毒でして、アセチルコリンエステラーゼという酵素を
阻害して、アセチルコリンという神経伝達物質の分解を阻害して、
神経を麻痺させます。
これを詳しく言いますと、脳の中には神経を伝達する物質があります。
その中でもアセチルコリンというのは記憶や運動に関連する神経の
物質だと言われます。
つまり、手を動かそうと脳が命令して、手が動くのはこの物質が
伝令の働きをしてくれるからです。
他にも電気信号によるものもありますが、今回はざっくりとこれだけの
説明にとどめたいと思います。
ただ、このアセチルコリンは神経細胞の伝達が終わると即座に分解されます。
つまり一度伝え終わった命令の紙を破っていると考えてください。
そうしないと、ずっと命令を送り続けることになってしまいます。
それがそのアセチルコリンエステラーゼの働きなわけです。
その酵素の働きを阻害されてしまうとどうなるかというと、
命令がずっと送り続けている状態のままになりますので、
その神経などが混乱してしまいます。
つまり、手を動かし終わったのに、「動かせ!」と来てしまいます。
すると、過剰に手が動いてしまい、震えや思ったところに
動かせなくなります。それだけなら、まだいいのですが、
これが全身に廻るわけです。
手足は動かせなくなりますし、記憶中枢もやられます。
さらに心臓を動かす筋肉にもエラーが出てしまって、
心臓が止まって死んでしまうわけです。

サリンに限らず、神経毒と言われているのは神経伝達物質の
過剰反応か欠乏によるものであることが多いです。
それをうまく利用しているのはいわゆる抗うつ剤などなのですが、
基本的には神経毒なので、大量に服用すると死んでしまいます。

そのサリンという物質はいわゆるナチスドイツによって
作られたと言われていますが、その作用機構というのは、
第一次大戦のマスタード弾からだと言われています。
戦争をきっかけにして、そういう神経毒の研究が発達して、
世界各国が毒ガス兵器の研究をしていたといいます。
日本でも731部隊がありました。
その研究が結果的に薬品研究に大きな進歩をもたらして、
多くの医薬品のもとになっているという事実もあります。

シリアがこのサリンの原料である有機リン酸を大量に
買っているそうで、それがサリン製造をしているのでは
という懸念もあるようです。
そういう意味では複雑なジレンマではありますが、
愚かな一面もあるんだなってことですね。

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