さくら

越山若水 4/6

このごろ愛読している故向田邦子さんのエッセーに面白い句がある。「菜の花や百万人のいり卵」。向田さんは知人の迷句と言ったが、食いしん坊には名句である。

通勤途中に見る田んぼがいま、まさに句の情景になりつつある。一面が菜の花の黄色で埋め尽くされ、花より団子の人にはうまそうな、いり卵の大皿と見える。

黄色は春の色だ。寂しい冬景色にかっきり終わりの太線を引くように辺りを彩る。続く主役が桜である。福井地方気象台がきのう、ソメイヨシノの開花を発表した。

平年より2日、昨年より9日遅かった。温暖化のせいで年々早くなると思っていたのは、気のせいだったようだ。当方が考えるほど単純ではない自然の営みを思い知る春である。

一昔前の文壇には桜を愛好する人が多かった。随筆家の故白洲正子さんも毎春名所を訪ねた。半世紀前のエッセー集「かくれ里」では、若狭町の神子の山桜を次のように書いた。

「最後の岬を回ったとたん、山から下の浜にかけて、いっきに崩れ落ちる花の滝が現出した」。本紙の写真でも毎年見る山桜だが「花の滝」とは心引かれる形容である。

和歌に数多く歌われる名所・旧跡を「歌枕」という。その歌枕を訪ねるのを楽しみとした昔人よろしく、白洲さんの足跡を追ってみたいとかねがね願っていた。ことしこそと思うが、天気予報は傘マークが多い。
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