せみ

三省堂 2年


  せみ
     有(あり)馬(ま) 敲(たかし)


じぶん じぶん じぶん

 じぶん じぶん じぶん

じぶん じぶん じぶん

  じぶん じぶん じぶん



じかーん じかーん じかーん

 じかーん じかーん じかーん

じかーん じかーん じかーん

  じかーん じかーん じかーん



じゆう じゆう じゆう

 じゆう じゆう じゆう

じゆう じゆう じゆう

  じゆう じゆう じゆう

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【 読み手が自由に意味を発見する 】

※芸術作品の鑑賞をする際に
 よく言われるのは、

 作品理解に
 「下限はあっても、上限はない」
 という言葉です。

 やさしそうに見える作品が、
 捉えようによっては、
 深い意味を発見できる作品になる
 ということが結構あります。

 この詩などは、
 その典型かもしれません。

 せみの鳴き声を、
 意味を持つ言葉でもじった表現が
 各連でくり返されます。

 「自分」
 「時間」
 「自由」
 と、連ごとに変化しながらの反復です。

 大切な意味を持つ、強い主張をしているのです。


 一方、
 せみには一匹が鳴き出すと
 全体が呼応して、
 うるさいくらいに鳴く種類があります。

 その様子を、
 「付和雷同」のマイナスイメージで捉える人もいることでしょう。

 そう言えば
 なにかの瞬間に、
 教室の雰囲気が
 こうした主張で染められそうになることがありますね。

 大人の余裕が大事です。
 
 でも、
 あああ、
 
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