ぼくが ここに

学校図書 4年

            ぼくが ここに
                   まど・みちお

         ぼくが ここに いるとき
         ほかの どんなものも
         ぼくに かさなって
         ここに いることは できない

         もしも ゾウが ここに いるならば
         そのゾウだけ

         マメが いるならば
         その一つぶの マメだけ
         しか ここに いることは できない

         ああ このちきゅうの うえでは
         こんなに だいじに
         まもられているのだ
         どんなものが どんなところに
         いるときにも

         その「いること」こそが
         なににも まして
         すばらしいこと として


        
       
   教材分析


  第一連の詩内容は、この詩全体の意味内容の大要を表現しているよう
に思われます。第一連には「ぼくがここにいるとき、ほかのどんなものも、
ぼくにかさなって、ここにいることはできない」と書いてあります。
  地球上のこの地点(位置)にぼくが立っているとします。ぼくが立って
いるこの地点(位置)に、他人が同時に立つことはできません。ぼくの肩の
上に他人が両足をのせて二重に立つことはサーカスなど特別な場合にはでき
ますが、それとて、ぼくが両足を接地して立っている大地の、その同一地点
(位置)に同時の二人が両足を接地して立つことはできません。
  つまり、ぼくは、というか、すべての人々は、一人一人が個人として尊
重され、尊厳を与えられている、かけがえのない存在であるということで
す。一人一人が社会的にその存在が認められ、個人として尊重され基本的人
権が保障されているということです。この詩はそういうことを主張している
詩だと思います。アイデンテティティの尊厳を主張している詩だと言えま
しょう。

  第一連では、「ぼく」のアイデンティティについて書いています。第二
連では、身体が大きいものの代表としてゾウのアイデンティティについて書
いています。第三連では、身体の小さいものの代表としてマメのアイデン
ティティについて書いています。第四連では、この地球上のどんなものにも
すべてアイデンティティが保障されているのだと書いています。第五連
では、「いるということ」つまり「存在するということ」は何にもましてす
ばらしいことである、個々人の(いや、人間と限らず、動物や植物すべて)
のアイデンティティは保障されるべきである、侵害されたり、抹殺されたり
してはいけない、世界人類みんなで守り育てていかなければからない、と書
いています。
 
  第二連の「そのゾウだけ」のあとにどんな言葉がはいるかを子ども達に
考えさせてみましょう。解答は一つとは限りません。例えばこんな文を入れ
ることもできましょう。「そのゾウだけしか いることはできない。ゾウに
かさなって ほかのものが ここに いることは できない」など。

  第三連の三行目「しか」は、なぜ二行目の後「マメだけしか」と書いて
ないのでしょうか。三行目のあたま「しか ここに いることは できな
い」と書いてあるのでしょうか。
  「マメが(ここに)いるならば、その一粒のマメだけしかその地点に接
地して位置することはできない、マメはいくら小さくても、その場所は、そ
のマメだけが位置できる、そのマメだけが独占し占有する場所なのであると
強調しているのです。たった一粒のマメであるが、その一粒のマメだけの独
占場所だと主張しているのです。そのことを特立して強調したいがために
「しか」を目立たせて第三行のあたまに記述しているのだと考えます。
本来は通常の語順では位置すべき場所でないところに「しか」を記載するこ
とで≪たった一粒のマメであるが、そのマメだけ「しか」存在することがで
きない。そういう指定席という特別の存在の場所である。≫と「しか」とい
う言葉を強調して行頭にもってきているのだと考えます。
  ですから音声表現するときは、「その一つぶの・ マメ・だけ // し
か // ここに・ いることは ・で・き・な・い // 」のように、ひと
つながりの意味内容であることを意識しつつも「しか」の前後でたっぷりと
間をあけ、「しか」を高く強めに目立たせて音声表現するようにします。

  第四連には、語順変形があります。意味内容から考えると「どんなもの
が どんなところに いるときにも」(四行目、五行目)とはじめにあっ
て、つづいて「ああ このちきゅうの うえでは こんなに だいじに ま
もられているのだ」(一行目、二行目、三行目)という順番になるのが通常
でしょう。語順変形をさせることで、自然の摂理としてのアイデンティティ
の場所は確保されているのだ、ということを強調している表現だ考えられま
す。
  物理的位置でのアイデンティティは確保されているが、人間社会という
魑魅魍魎の世界でのアイデンティティはどうでしょうか。
  人間社会でのアイデンティティは侵害され抹殺されている側面が多くあ
ります。そうしたことが毎日の新聞紙上に満ちあふれています。この詩は、
人類の英知と知恵を出し合って各人のアイデンティティを守り育てていかね
ばならない、と訴えています。この詩の裏ではこういうことを主張している
のだと考えます。

 憲法第13条    
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する
国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の
上で、最大の尊重を必要とする。

民法第709条 (不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した
者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

毎日の新聞を読んでいて気づくこと
  戦争による大量殺戮、大量の核兵器の製造、テロ、内戦内乱、難民移
動、国外脱出、卑近な日常生活の例では、子どもの親殺し、親の子殺し、子
捨て、虐待、陰湿ないじめ、子どもの自殺、格差社会と基本的人権の侵害な
ど数えあげたらきりがありません。


           音声表現のしかた


  この詩の意味内容を、こうで、こうで、こうなんだと、論理的に理屈っ
ぽく誰かに伝える言いぶりにして音声表現してみましょう。急がず、ゆっく
りと、一つ一つの音をていねいに発音しましょう。詩内容を誰かに伝えてる
つもりで、かんでふくめるように、相手に丁寧に分かりやすく伝えてるよう
に、詩内容が、分かる分かると相手が容易に理解してもらえるように、そん
な気遣いをしながら音声表現していきましょう。
  「ならば」とか「しか」とか「だけ」とか「こそ」とか「のだ」とか
「にも」とか「として」とか、これらの言葉は強調して、目立たせて、ふん
ばるようなつもりで、高い声で強めて音声表現するとよいでしょう。
  次のような音声表現をしてみるのも一つの方法です。太字は、かんでふ
くめて、粒立てて、押さえて、目立たせて、高めの声で強調して音声表現す
るしるしです。


       ぼくが ・ここに /
              まど・みちお ///

    ぼくが ・ここに・ いるとき /
    ほかの ・どんなものも /
    ぼくに・ かさなって・
    ここに ・いることは ・で・き・な・い///

    もしも ・ゾウが ・ここに・ いるならば /
    その・ゾウ・だ・け///

    マメが ・いる・ならば/
    その・一つぶの ・マメ・だけ・
    しか ・ここに・ いることは・ で・き・な・い///

    ああ ・この・ちきゅうの・ うえ・では /
    こんなに ・だ・い・じ・に・
・   まもられて・い・る・の・だ //
    どんなものが ・どんなところに・
    いる・と・き・に・も ///

    その・「い・る・こ・と」・こそが /
    なににも ・まして /
    すばらしい・こと と・し・て ///



            
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