和をもって貴しとなす

201704021825035f8.jpeg


滴一滴 4/2

「和をもって貴しとなす」で有名な「憲法十七条」が聖徳太子によって定められたのは604年4月3日とされる。わが国初の成文法といわれ、役人や豪族の心得を説いた。聖徳太子は仏教の普及に努め、10人の話を一度に聞いたなど逸話も多い。

旧1万円札などの肖像にも使われ、日本史では超一流の有名人であろう。だからか、文部科学省が次期学習指導要領で、「厩戸王(うまやどのおう)(聖徳太子)」などと小中教科書で表記する案を示したところ、一般から反対が相次いだ。

聖徳太子は没後の呼称で、歴史学では「厩戸王」―。それが改定の理由だが、結局、元通りの表記にするという。そのほか、案では消えた江戸時代の「鎖国」も復活した。

かつて歴史の教科書で学んだことが変更されるケースはままある。筆者が覚えた「仁徳天皇陵」はいま「大仙陵古墳」などと呼ばれる。歴史研究が進めば、教科書は常に書き換えられる。今回は長年の愛着を尊重したということだろう。

教科書では、今年初めて作られた道徳でのある記述が話題となった。指導要領に照らし、登場する「パン屋」が「和菓子屋」に変更されたのだという。パン屋だと日本文化に合わないと考えたのなら、首をかしげるばかりだ。

もうすぐ新しい教科書での学びが始まる。好奇心が刺激され、考える力を育てる存在であってほしい。
関連記事