パン屋は不適切?

くろしお 3/29

 (ジョバンニは)鞄(かばん)を持って表へ飛びだしました。それから元気よく口笛を吹きながらパン屋へ寄ってパンの塊を一つと角砂糖を一袋買いますと一目散に走りだしました-。

 宮沢賢治を代表する童話「銀河鉄道の夜」から最初の方のくだり。この童話は大正末期から晩年の昭和6(1931)年ごろまで書き継がれた。登場人物がみな外国人の名とあって異国情緒が漂うが、舞台の街は賢治の古里・岩手県花巻市を投影しているとされる。

 パン屋や牛乳、角砂糖の登場に食の洋風化が感じられるが、ある程度なじんだ素地があったからこそ賢治はハイカラな印象を与えようとしたのだろう。西洋の風物を独自の美意識で和風化したハイカラ自体が、もはや日本独自の文化だ。

 2018年度からの道徳教科化に伴う小学校の道徳教科書が出そろった。文科省は8社が申請した24点全てを合格としたが、教材の中で登場する「パン屋」について「国や郷土を愛する態度を学ぶ点から不適切」と指摘。出版社が「和菓子屋」に修正したという。

 和菓子は日本が誇る文化だが、明治維新直後に登場したパン屋もすっかり日本の光景だ。伝統文化を強調しすぎるとひいきの引き倒しになる。古来の精神を大切にしつつ西洋の優れた知識や学問を生かす「和魂洋才」も死語でないはずだ。

 ほかにも首をかしげる修正がいくつかあったが、国の意向が働いたのか。心の中を評価する道徳教科化は、心の中まで処罰対象にする「共謀罪」の新設とどこか通じる。銀河まで思いをはせた賢治からみれば窮屈になりつつある心の自由だ。
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