和菓子屋さん

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地軸 3/27

内心の自由

 「パン屋さん」では「我が国や郷土の文化に愛着を持つ」には「不適切」なので、和菓子屋に。消防団の「パン屋のおじさん」は「感謝を教える際の対象である高齢者が登場しない」ので「パン屋のおじいさん」に変更―。

 何とも細かい修正、というか不自然な「感情の矯正」がなされたらしい。2018年度から正式教科となる小学校の道徳教科書の検定結果が公表された。

 文部科学省は「考え、議論する道徳」を掲げる一方、友情や公共の精神など「教えるべき価値」とした項目の網羅を要求。国が思う普通や正義を押しつける。いじめを考える教材も盛り込まれたが、さてどう教え、どう評価するのか。

 和菓子もいいが、町のパン屋さんに地域愛を感じる人は多い。今や家族は多様で、父母や祖父母がいて当然の家族像を強調しすぎると傷つく子もいよう。「評価」される以上、国や教師の価値観への忖度(そんたく)はある。子の内心が型にはめられ、考えの異なる相手や少数派をますます疎外することを憂慮する。

 内心の自由を縛りたがるのは権力の習い性か。「共謀罪」の法案が国会に出された。テロ対策、要件は限定的、一般人には無縁…。いずれも支離滅裂な政府答弁を聞く限り全く信用できない。ごまかしや開き直りがまかり通る近ごろの国会は、あまり子どもには見せられない。

 「正直、誠実」も道徳の項目。たぶん政治家よりも、パン屋さんや小学生の方が分かっている。

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珍百景的な侮辱・差別

道徳の教科書の検定で、パン屋さんの記述が和菓子屋に書き換えられたというお話。

理由は、「『我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ』という点が足りないため」。

あからさまな国家主義。いよいよここまできたのか、という感じ。パン屋さんは、世界に誇れる日本の技術を屈指して、おいしいパンを作っているのではないのか?

逆に、和菓子屋さんも気の毒だ。世論の中で、今回完全に悪者側に扱われてしまった。

あからさまな国家主義は、こういった珍百景的な侮辱・差別を生み出すという、典型的な例。

このままこれらの教科書を使って子どもたちを評価すると、いじめ根絶どころか、ますます差別・迫害が広がっていくのではないかと、本気で心配になってくる。
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