マッチ箱のように

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いばらぎ春秋 3/27

何という強靭(きょうじん)な意思と肉体なのか。大相撲春場所の千秋楽。けがを押して強行出場を続けた稀勢の里が、逆転で大関照ノ富士を破り、2場所連続の優勝を決めた。死力を尽くした逆転勝利に心を揺さぶられ、涙した方も多かったに違いない。

今場所、新横綱の安定した取り組みが際立った。土俵際の強さも目立った。「自信を持つということはこれほど大きいのか」。そう思わせる順風の取り組みが続いた。

終盤、「1日しか休んだことのない」力士をアクシデントが襲う。日馬富士に寄り切られ、ポーカーフェースから急転、浮かべた苦悶(くもん)の表情がけがの深刻さを示した。千秋楽。前日は力を出せず土俵を割っただけに、戦前の予想は「大関有利」だった。

本割、決定戦と2番続けて勝つ底力に度肝を抜かれる思いだ。立ち合いの変化には勝利へのこだわりを見た。劣勢でも最後まで諦めない。地元で応援する子どもたちに、横綱は大切なことを教えてくれた。

「見えない力が支えてくれた」。基本を大切に稽古に励む男が、22年ぶりに成し遂げた快挙である。

〈春風や闘志いだきて丘に立つ〉(高浜虚子)。春は異動や入学の季節。横綱の闘志に力をもらった人も多いだろう。まずはけがを癒やしてほしい。


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水や空 3/27

痛みに耐えて

「おめでとう」「鳥肌が立った」「相撲で初めて泣いた」-ネットニュースの速報に興奮気味のコメントが幾つも並んでいた。大相撲春場所は、新横綱の稀勢の里が劇的な逆転優勝を飾った。

初日からきれいに白星を並べて迎えた13日目に落とし穴が待っていた。一方的な相撲で思わぬ黒星を喫した日馬富士戦で左肩を負傷。出場を強行した翌14日目の鶴竜戦は2秒余りで寄り切られ、「相撲にならず」と評された。昨日の千秋楽、土俵入りも取組前の所作も左腕を動かすだけでつらそう。

星一つをリードしていた照ノ富士の優位は動かないように見えたが、本割では下がりながら上手く回り込んで右手一本の突き落とし。優勝決定戦でも、双差しを許して土俵際に押し込まれる不利な体勢から強烈な小手投げを決めた。

「時期尚早」の声が一部に消えなかった初場所後の横綱昇進。もう誰にも文句はあるまい。先輩の3横綱が序盤からばたばた負けた"荒れる春場所"で堂々と看板を支えた。

「見えない力を感じた15日間だった」と喜びの涙。どうか、しっかりとけがを治して次の場所に備えてください。

こうは書くまいと決めていたが、やっぱり、これしか言葉が見つからない。皆が思い起こした、あの首相のあの一言。「痛みに耐えてよく頑張った。感動した」

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有明抄 3/27

マッチ箱のように

「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦莫迦(ばかばか)しい。重大に扱わなければ危険である」-。芥川龍之介が『侏儒の言葉』に書いている。

人生の重みをどうとらえるかは人それぞれだろうが、心に火をともし続けられるかが肝心だろう。芥川は「人生の競技場に踏み止(とど)まりたいと思うものは創痍(そうい)を恐れずに闘わなければならぬ」とも。こちらは、まさに満身創痍の土俵だった。新横綱・稀勢の里である。

初日から全勝街道まっしぐら。このまま突っ走るかと思われた残り3日に、魔物が潜んでいた。土俵から転げ落ちた瞬間、左肩を押さえてうめいた。救急搬送され、翌日は強行出場したものの、わずか2秒で力なく押し出された。そして迎えた千秋楽。待ち構えた観客は、土俵に上がっただけでも「よくやった」と拍手を送る気でいただろう。

初優勝での横綱昇進には、歓迎の一方で「下駄を履かせた」との批判がつきまとってきた。その声を封じるだけなら、優勝せずとも十分だったに違いない。かつて、横綱白鵬が稀勢の里を評して語った。「強い人は大関になる。宿命のある人が横綱になる。彼には何か足りない」と。

手負いの新横綱が、星の差ひとつを逆転して賜杯をつかみ取る。痛みを恐れず、最後まで踏みとどまった覚悟が奇跡を呼び込んだ。やはり、宿命の人である。
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