森友学園


天鐘 3/25

英国の詩人バイロンの長編詩『ドン・ジュアン』を読んでいない人でも、その中のフレーズなら知っている。「事実は小説より奇なり」。明治の作家、徳冨蘆花が作品中で用いてから広まったそうだ(『ことわざ辞典』岩波書店)。

この言葉が国会の証人喚問の舞台で飛び出した。話したのは、首相夫人から100万円の寄付金を受け取ったのは事実だとした森友学園の籠池泰典理事長。「私が申し上げていることが正しい」と続けた。

これまでの首相の説明と食い違うが、証明が困難な問題だけに真実は分かりにくい。野党は、偽証罪に問われかねない状況での発言は重いと見る。与党は一方的な言い分で寄付はなかったと主張する。

きのうは参院予算委員会が森友学園への国有地の売却時の財務省理財局長と近畿財務局長を参考人招致した。国有地の売却価格について「報告や問い合わせは受けていない」「政治的配慮はしていない」と強調した。

これで一件落着と幕引きしたい与党と、疑惑は依然として晴れていないとする野党の対立が際立つ。議論の中には、自らの党の立場を有利にしようとするのが目的かと思われるような発言も見られた。

国会の「森友劇場」は第1幕が終わったばかり。見どころは国有地の公正な処分と政治の関与だ。真実に迫る議論の積み重ねが望まれる。与野党の党利党略が透けて見える茶番劇など国民は見たくない。

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くろしお 3/25

 近くに寄ったついでではあるが、物議を醸している学校法人「森友学園」が開校を進めていた小学校の予定地を見に行った。大阪府豊中市。土地の一辺は名神高速道路沿い。

 周りをフェンスが囲むが赤い校舎はよく目立つ。運動場などは未整備のようだ。国は土地の返還を求めており、学園側が校舎を解体して更地にする義務がある。壊すとなればもったいない社会資本の損失、などと思ったが、校舎を他に転用するのも難しいらしい。

 やじ馬根性のようで恥ずかしさもあったが、現場のスケール感に触れると今回の騒動を見る観点が違ってくる。ここで繰り広げられただろう学園生活が現実感を持って浮かぶからだ。入学手続きを進めていた児童や保護者の夢は散った。

 関係者らの国会証人喚問で新たな事実も判明したが疑惑の核心は不明のままだ。だが混乱で最も被害を受けたのは学園や名前が挙がる政治家、役人ではない。入学予定だった児童と保護者だ。公立小などどこかに入るとはいえ、義務教育の出発点で振り回された。

 日が沈んで、小学校予定地前に県外ナンバーの車が止まった。一瞬警戒したが、降りてきたのは若者ら。「イエー」と叫びながら記念写真を撮っている。コンクリートの標柱にはスプレーの落書きがあった。たぶん校門だったのだろう。

 本来教育の問題である学校設置の問題が、国有地の不透明な払い下げや政治家の関与の問題に発展した。意思決定の所在が不明瞭な官僚機構がほころんで、日本の暗部がのぞいたようにも思える。負の観光地化した幻の校舎が暗く沈んだ。

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大弦小弦 3/25

国会での証人喚問の多くは「記憶にございません」などの証言が繰り返され、議員の質問をかわしたり、はぐらかす場面に終始する。

23日に衆参両院の予算委員会で喚問された森友学園理事長の籠池泰典(本名・康博)氏の証言は明瞭だ。安倍晋三首相から昭恵夫人を通じ100万円の寄付を受けたと主張。評価額から8億円余り値引きされた国有地の売却を巡る政治家の関与も「あっただろう」と述べた。

それでも、今回の喚問で納得したという人は少ないだろう。それは、一方の当事者である昭恵夫人らの証言をただす機会がないためだ。

安倍首相は24日、「私も妻も事務所もまったく関与していない」とし、「100万円の寄付」についても改めて否定した。その上で、自民党は野党側が求めた昭恵夫人らの証人喚問を拒否した。

安倍首相と祖父・寛氏、父・晋太郎氏の軌跡を追ったジャーナリスト青木理氏の「安倍三代」(朝日新聞出版)に紹介された地元の首相評は「軽い」というものがほとんどだ。

安倍家の選挙を長年応援する一人は安倍首相に対し、「批判されると、すぐに『絶対ありえません』。さらに批判されると『丁寧に説明する』。丁寧に説明しないヤツに限ってそう言うんだ」と厳しい。真相解明はこれから。幕引きは「トカゲの尻尾切り」にしかならない。

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春秋 3/25

全国を行脚して悪を懲らしめた水戸の黄門様。「ここにおわすお方をどなたと心得る。控えおろ!」。差し出した印籠に皆が平伏するドラマの名場面だ。

幕府の権威の象徴である葵(あおい)紋の印籠を出すのは、お付きの格さんの仕事。黄門様自身は公職を引退した隠居の身で、不正の摘発や処罰をする職務権限を持たない私人の立場である。

にもかかわらず、水戸藩から派遣された助さんと格さんをお付きにし、あっちこっちに顔を出し、口も手も出す。あれれ、どこかで聞いたような…。

森友学園への国有地売却問題で、安倍晋三首相の昭恵夫人付きの政府職員が財務省に問い合わせをし、内容を森友側にファクスで回答していた-。同学園の籠池泰典理事長が国会で証言した。

昭恵氏は具体的な内容は聞いてない。そもそも私人であり、官庁に働き掛ける権限を持たない。首相側はそう主張するが、一政府職員の問い合わせに財務省本省の室長が丁寧に答えるだろうか。そこは「首相夫人」という印籠が利いたのでは。籠池氏は、この問い合わせで「物事が動いた」と述べた。

はしなくも印籠の例えを持ち出したのは首相自身。「安倍昭恵の名があれば印籠みたいに恐れ入りましたとなるはずはない」。「私や妻が関わっていれば、首相も議員も辞める」とも。今ごろ、しまったと思ってはいまいか。籠池氏は「事実は小説よりも奇なり」と不敵に言い放っていたが。


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卓上四季 3/25

葵の紋文

あこぎな商人と悪代官が密談する場に、隠居風の老人が乗り込む。お付きの格さんが徳川の葵(あおい)の紋が入った印籠をかざし「この紋所が目に入らぬか」と一喝する。テレビで再放送されている「水戸黄門」のヤマ場である。

不思議に思っていたのは、黄門は偽者かもしれないのに悪者は大抵ひれ伏すことだ。思想家の内田樹(たつる)さんも同様の疑問を持っていて、著書「日本辺境論」で分析している。悪代官は権威にすがって悪事を働くので、権威の象徴である印籠を出されれば弱い、と。

悪代官ほどではないにしても、相手の肩書が気になることがある。「何て自分は小さいのか」と反省するが、その権威が悪用されるとしたら、やはり放ってはおけない。

官僚用語に「政治案件」がある。政治家が絡む公共工事や許認可などを指す。そうした場合に忖度(そんたく)する、つまり政治家という「印籠」にひれ伏すことがあるらしい。

きのうの国会でも忖度が取り上げられた。森友学園の国有地取得を巡って安倍首相夫人の威光が影響したのかどうか。首相は以前、「(森友の)名誉校長に安倍昭恵という名があれば印籠みたいに恐れ入りましたとなるはずがない」と反論していたが、忖度の有無は内心に関わるだけに証明が難しい。

印籠におびえてルールを踏み外したら、行政がゆがんでしまう。当人たちが一番身にしみているはず。もちろん黄門の本意でもなかろう。
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