「愛」 (高階 杞一)


こどもがはじめて笑った日
ぼくの暗がりに
ひとすじの強いひかりがさしこんだ
生まれてはじめて見るような
澄んだあかるいひかり
その時
ぼくの手の中で

という形のないものが
はじめて<愛>という形になった

そして
ぼくの<愛>はまだ病んでいる
病院の小さなベッドで
「苦しい」とか「痛い」とか
そんな簡単な言葉さえ
いまだ知らずに


                        (『高階杞一詩集』、『早く家へ帰りたい』より)





ひと言

この詩を初めて読んだ時、詩の背景をまったく知らないのに、なぜだかとても胸がつまった。短い詩の中に哀しみのようなものが潜んでいて、私はじっと詩を見つめた。詩は多くのことを語っていない。けれど、私の心に作者の深い思いがはっきりとした形で落ちてきた。いい詩だと思った。

高階杞一さんの詩集を読んでいるうちに、一人息子の雄介君が生後9ヶ月にして4度も手術を受けていたことがわかった。そして、平成6年、3歳になった雄介君は他界する。



ゆうぴー おうち
      平成6年9月4日、雄介昇天。享年3。


せまい所にはいるのが好きだった
テレビの裏側
机の下
本棚とワープロ台とのすきま
そんな所にはいってはよく
ゆうぴー おうち
と言っていた
まだ助詞が使えなくて
言葉は名詞の羅列でしかなかったけれど
意味は十分に伝わった
最近は
ピンポーン どうぞー というのを覚え
「ゆーぴー おうち」の後に
ピンポーン と言ってやると
どうぞー
とすきまから顔を出し
満面笑みであふれんばかりにしていたが・・・・・

今おまえは
どんなおうちにいるんだろう
ぼくは窓から顔を出し
空の呼び鈴を鳴らす

   ピンポーン

どこからか
どうぞー というおまえの声が
今にも聞こえてきそうな
今日の空の青


(『高階杞一詩集』、『早く家へ帰りたい』より)



他1篇


一九七六年・夏へ


箱のような季節を抜けて
わたしのパトスはひとり何処へ行くのだろう
信じられるものは遥かにあると

初夏の街
なだれこむ緑わきあがる雲人のいない窓辺
垣根にもたれて笑う少年

真昼の灼けた瓦屋根を猫が駆けていく
例えば<存在>のもっとも暗く冷たい場所へ
ひとりきりのわたしと出会うために

――約束は岩のような形をしていたかい
――雲ヤ綿ノヨウデハナカッタヨ
――水や光のようにそれは絶えず流れていたろうか

型通りのあいさつは抜きにして
古い話もほどほどに
気のおける古い仲間のような顔をして

重い思惟と
かったるい時代の上に久し振りにあぐらをかいて
わたしたちは目をつむる

北部大興安嶺の真冬
落葉針葉樹林ダフリアカラマツの樹海
ツンドラとステップを一直線に結ぶ北の風を受け

――部分と全体、主体と客体、闘争と適応・・・・・
君がそんなことを熱っぽく語るのに
わたしは遠いシビールの湖の音に耳を貸すばかり

時に涙ぐみ時に深く頷きあって
わたしたちはまた語りあう
夕焼けに消えた恋人や焼きザカナの行方について

眠れない夜の長さや
その真昼の眩しさについて
穏やかな午後にひそむ日常の狂気について

ぽつりぽつり
しかし尽きることもなく
語りあう

けれど
そうしたわたしたちにもいつか
別れの時が来る

例えば
晴れた空へ
しなやかに伸びていく草や唄をみた時に

わたしたちはついつい考えてしまうのだ
夢を見ていたのだろうかそれとも夢を見ようとしているのだろうか、と
そして黙りこむ

永い沈黙を
腕組みをして空を見る
わたしたちはもはやただのヒトとネコ

苦い想いを胸に秘めて
わたしたちの夢のような会話もきっとこんな風に俗っぽく結ばれるに違いない
――THE END



                      (『高階杞一詩集』、『漠』より)



高階 杞一 (たかしな きいち)

1951年     大阪市北区天神橋で生まれる。
1975年     大阪府立大学農学部園芸農学科卒業。
1976年3月  詩誌「パンゲア」創刊。
1979年12月 木野まり子と詩誌「青髭」創刊。
1983年3月  戯曲『ムジナ』にて第1回キャビン戯曲賞入賞
1987年6月  「青髭」Vol.19で終刊。
1990年    神尾和寿と詩誌「ガーネット」創刊。現在も続刊中。
1990年3月  詩集『キリンの洗濯』にて第40回H氏賞受賞
2000年4月  詩集『空への質問』にて第4回三越左千夫少年詩受賞

詩集に『漠』(青髭社)、『さよなら』(島影社)、『キリンの洗濯』(あざみ書房)、『星に唄おう』(思潮社)、『早く家へ帰りたい』(偕成社)、『春’ing』(思潮社)、『夜にいっぱいやってくる』(思潮社)、『空への質問』(大日本図書)、『ティッシュの鉄人』(詩学社)、『スポーツ詩集』(川崎洋、藤富保男、高階杞一共同編著、花神社)。

日本現代詩人会、日本文藝家協会所属。大阪芸術大学非常勤講師。

高階杞一さんのHP: 高階杞一
                     
                                 (『高階杞一詩集』よりコピー抜粋)
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