かきねのまがりかど

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風土計 2017.3.22

児童文学で宮沢賢治と並び称される新美南吉は、1943(昭和18)年の今日、29歳で病没した。賢治以上に短い生涯だが、代表作の「ごんぎつね」をはじめ心に残る作品群は南吉に永遠の命を与えた。

南吉は今の愛知県半田市生まれ。本県との直接的な関わりは薄いが、出身者とは縁がある。児童雑誌「赤い鳥」32年1月号に「ごんぎつね」が載った際、挿絵を描いたのは同誌の専属画家だった盛岡市生まれの深沢省三だ。

生涯の恩人となる巽聖歌との出会いもこの頃。同じ北原白秋門下で、童謡「たきび」の作詞で知られる紫波町出身の歌人だ。南吉に作品発表の場を提供するなど、その才能を支え続け、南吉文学を世に出すことに貢献した。

聖歌は戦前、今の東京都中野区上高田住まい。「たきび」は、その周辺を散策する中で着想を得た。散歩コースには「たきび」のモデルとされる「かきねのまがりかど」が残る。一般のお宅だが区が案内板を設置している。

一度訪ねたことがある。広い敷地を囲む垣根は明治時代に作られたと聞いた。「手入れは大変だが、みんなが喜んでくれるので頑張っている」と住人は言っていた。

同じ明治時代の遺物でも、守って喜ばれるものと、そうでないものがある。「教育勅語の精神」への傾倒を口にしてはばからない政治家があおるたき火は、きな臭い。

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