牛のスネ肉

くろしお 3/20

 女優の岸田今日子さんが家族でひと夏を過ごした高原の小さな村での思い出話だ。寄り集まって暮らしているのは、ほとんどお金には縁のない学者さんばかりだったという。

 ある日、出入りのご用聞きが「スネだけの牛がいりゃあいいが」とため息交じりにつぶやいた。前日、岸田家が近所に振る舞った「牛のスネ肉のワイン煮」が美味で、十数軒からスネ肉の注文があったためだ(「わが味のエッセイ 37皿のオードブル」講談社編)。

 週刊誌に大学合格者数ランキングが掲載される時期になった。大学入試センター試験を皮切りに私立大、国公立大と続いてきた受験シーズンもほぼ終わった。志望校への切符を手にできた受験生たちは胸躍る大学生活が4月から始まる。

 本人たちはいいが心配なのは牛のスネならぬ親のスネだ。出てゆく金は入学金・授業料・施設整備費だけで比較的安い国公立でも4年間で二百数十万円にものぼり、私立理系だとその倍以上になるという。合格はうれしいけれど仕送りに青息吐息の4年間が待つ。

 物置専用のような錠前で、しかも鍵は植木鉢に入れておくような下宿が当たり前だった昔と違う。今はセキュリティーのちゃんとしたところというのが愛息愛(まな)娘を住まわせるアパートの絶対条件だろう。その分の安心料も上積みされる。

 親のほとんどは安いスネ肉に飛びつく学者一家と同じで余分な金の持ち合わせなどない。親に代わって都会へ旅立つ子どもたちへひと言。細る親のスネを思いながら有意義な時間を過ごせよ、と。親がスネ肉の塊に見えるようならば喝だ。
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