ザビエル

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南風録 3/19

 キリスト教を伝えたザビエルが鹿児島に上陸し、落ち着いたのはJR鹿児島駅近くといわれる。島津家から小さな家を与えられたらしい。日本で最初の教会の可能性もある。

 滞在1年で、信者は100人を数える。ザビエルは「僧侶が妨げなかったら、その地のほとんどが信者になったに違いない」と振り返っている。異国人を避けることなく、布教に耳を傾ける住民の姿が目に浮かぶようだ。「鹿児島に来たザビエル」(小平卓保著)に詳しい。

 香港の格安航空会社(LCC)直行便が昨年7月、鹿児島に就航してから外国人を見掛ける機会が増えている。地方の旅館や民宿をインターネットで予約する個人客も目立ち始めた。

 レンタカーの利用も好調だ。就航前の5倍に膨らんだ店もあるようで、LCCさまさまだろう。滞在期間も1週間ほどと長く、遠方に足を延ばすという。ひなびた温泉街が、浴衣姿の外国人でにぎわいを取り戻すのも夢ではなさそうだ。

 鹿児島市の城山の麓で先日、香港からの観光客に「篤姫の銅像はどこにあるのか」と尋ねられた。大河ドラマは海外でも放送されており、篤姫ファンも少なくない。観光パンフレットの見直しが必要だろう。

 「善良で名誉を重んじる。今まで発見された民族の中で最高だ」とはザビエルの鹿児島評である。そんな褒め言葉がネット上に並ぶよう、おもてなしに力を入れたい。

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天璋院篤姫(てんしょういんあつひめ)(1836-1883)

今和泉島津(いまいずみしまづ)家に生まれ、斉彬(なりあきら)の養女となり、第13代将軍(しょうぐん)の徳川家定(とくがわいえさだ)に嫁ぎ(とつぎ)ました。しかし、わずか1年半で家定(いえさだ)が亡くなった(なくなった)ため、天璋院(てんしょういん)と名前を改めました。

江戸城の無血開城(むけつかいじょう)に力を尽くし(つくし)、生涯(しょうがい)、徳川(とくがわ)家の立場を貫いて(つらぬいて)第16代当主である徳川家達(とくがわいえさと)の養育につとめました。
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