靴の記念日

天鐘 3/16

小学校時代、運動会の徒競走で、ズック靴でなく薄い足袋で駆けた記憶があるのは年配の方々だろう。1回全力疾走すればつま先の部分がよく破れたものである。破れるほど力を出し切ったという“勲章”でもあった。

普段は、ゴム製の短靴だった気がする。はだしで履いていたために、湿気や汗のじめじめした感じがあった。冬は、靴底がツルリと平らになったゴム長靴が定番だった。

履物の思い出も懐かしい。靴と言えば、今は当たり前のように履く。明治時代には軍事用に輸入したが、庶民には縁遠い存在。履いているのは政府の高官や軍人ぐらい。

輸入経費がかかると嘆いたのが陸軍創始者の大村益次郎。「軍需品のことごとく国内品のみで充足させることができるような時代に」と言ったのが国内製造のきっかけらしい。製靴工場が東京にできたのは1870(明治3)年だから取り組みが素早い。

庶民の方は、靴が普及するどころか、1901(明治34)年には東京で「はだし禁止令」が発令される始末。庶民は依然として、はだしや草履が主流だったに違いない。

文明国として、はだしはみっともない―と言わんばかりだ。国産工場の誕生から31年がたっても、靴はまだ庶民になじみの物ではなかったようだ。西洋化を進める政府が体面にこだわる様子が靴一つ取っても分かる。きのう15日は、国産の製靴工場ができた「靴の記念日」。

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